戦場がなく、ナチスを欺いた実話を基にした「ミンスミート」(337)

【ケイシーの映画冗報=2022年3月17日】「兵は詭道なり」(戦いはだまし合うもの)、中国古代の兵法書である「孫子」にこんな文言があります。“正々堂々”といえば心地よいと感じるかもしれませんが、戦場で負ければ死んでしまうのですから、生き残るためには“きれいごと”だけでないのも必定といえます。

現在、一般公開中の「オペレーション・ミンスミートーナチを欺いた死体」「ミンスミート」((C)Haversack Films Limited 2021)。

本作「オペレーション・ミンスミートーナチを欺いた死体」(Operation Mincemeat)は、第2次世界大戦(1939年から1945年)のヨーロッパの戦いで実際に行われた「ニセ情報作戦」という実話を映画化したものです。

1943年、ナチス・ドイツが大部分を制圧したヨーロッパ大陸への反攻作戦が企図されていたイギリス。諜報部に所属するモンタギュー少佐(演じるのはコリン・ファース=Colin Firth)は、ドイツ軍に実在しない「反攻作戦」の計画をわざと漏らし、ただしい計画を隠蔽するというアイディアを出し、実行に移すことが許されます。

モンタギュー少佐は陸軍のチャムリー大尉(演じるのはマシュー・マクファディン=Matthew MacFadyen)とともに、「架空の作戦計画をドイツ軍に実在するものと信じさせる」“ミンスミート(イギリスの加工ひき肉)”作戦を実現化していきます。

機密文書をドイツ軍に渡す手だては、「機密文書を持った死体を、“故意とは知られないよう”ドイツ軍に入手させる」という方式で一本化されます。ミンスミート作戦にはさまざまな障害がありました。いかにも現役の軍人にみえる“健康そうな若い男性の遺体”や、“存在しない軍人の完璧な創作”などです。ドイツ軍の支配地域であるイタリア、シチリアへの上陸作戦が迫るなか、“ミンスミート作戦”は実行されます。

「戦争映画」のジャンルに連なる作品ではありますが、戦闘シーンはなく、いわゆる“銃後のたたかい”が本作の舞台となっています。一般的な戦争映画では銃弾が飛び交い、爆弾や砲弾が炸裂するなかを、まさに“命がけ”で駆け回る兵士たちが描かれることにウェイトが置かれます。

すこしまえに本稿でとりあげた「キングスマン ファーストエージェント」でも第1次世界大戦(1914年から1918年)におけるはげしい地上戦、そして、ナイフやこん棒を振るう近接戦闘が描かれていました。そこにあるのは、将兵が泥のなかで血まみれになって戦う、陰惨で残酷な戦場となっていました。

本作では、上記のような“前線勤務”は描かれていません。戦時下の耐乏生活であっても、モンタギュー少佐らは(軍の高官であったこともあるのでしょうが)、首都ロンドンで酒やダンスパーティーを楽しんでいます。

そして、ナチスドイツという強大な敵と戦うイギリス軍も一丸となったわけではなく、組織内でのいがみあいや足の引っぱりあいがあることも、“人間らしさ”の活写となって、作品にふかさを加えています。

“架空の軍人の死体”のストーリーのため、自身の魅力的なポートレートを提供したジーン(演じるのはケリー・マクドナルド=Kelly MacDonald)と、妻子を安全なアメリカに避難させたモンタギュー少佐が、お互いの心を通わせてしまう部分も、「戦時中に不謹慎な」という向きもありましょうが、けっして奇異なことではありません。重苦しい戦時下であっても「なんとか楽しみを見いだしたい」という、人間の純粋さなのですから。

それにしても、実話とはいえ、本当に「ニセの情報を存在しない軍人の死体に持たせて敵に渡す」という作戦が実行されたことに驚きを禁じ得ません。監督のジョン・マッデン(John Madden)よれば、この作戦にはこんな背景があったとのことです。
「この映画には作家がたくさん出ています。(中略)実際に、諜報作戦のアイディアはこうした作家たちから発案されました」(パンフレットより)

たしかに、作中にはイアン・フレミング(Ian Fleming、1908-1964)少佐という人物が登場します。のちに作家となり、世界一有名なスパイ“ジェームズ・ボンド”の生みの親となるフレミングは、このころ、実際に諜報機関に在籍していました。作家の想像力までもを戦争に動員してしまうことに恐怖も感じてしまいますが、これもまた現実なのでしょう。

「正直で負けるよりも、嘘つきで勝ったほうがいい」
精緻な記憶ではないのですが、これは映画「アラビアのロレンス」(Lawrence of Arabia、1962年)の主人公であるイギリス貴族で軍人であったトーマス・エドワード・ロレンス(Thomas Edward Lawrence、1888-1935)の言葉だということです。

次回は「ガンパウダー・ ミルクシェイク」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。