静かながら、強い感動を引き起こす秀作「コーダ」(340)

【ケイシーの映画冗報=2022年4月28日】本年度の第94回アメリカのアカデミー賞にて、最後に発表される作品賞に選ばれたのは「コーダ あいのうた」(CODA、2021年)でした。栄誉を受けたのは、フィリップ・ルスレ(Philippe Rousselot)はじめ、フランスの映画人でした。この作品が2014年のフランス映画「エール!」(The Belier Family)のハリウッド版リメイクであったからです。

現在、一般公開中の「コーダ あいのうた」((C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS)。制作費が1000万ドル(約10億円)で、興行収入が世界で105万ドル(約1億500万円)。

監督のシアン・ヘダー(Sian Heder)は脚色賞(原案のある作品に贈られる)を、主人公の父を演じたトロイ・コルツァー(Troy Kotsur)が助演男優賞を受けており、ノミネートされた3部門のすべてで選出されています。

マサチューセッツのちいさな港町で、両親と兄妹の4人で船で出漁するロッシ一家は、高校生の妹ルビー(演じるのはエミリア・ジョーンズ=Emilia Jones)だけが耳の聞こえる健常者でした。

ルビーは片思いの相手マイルズ(演じるはフェルディア・ウォルシュ=ピーロ=Ferdia Walsh-Peelo)と同じ合唱クラブに入り、交流できるきっかけを得ようとします。最初は歌えなかったルビーでしたが、顧問の先生に類まれな歌唱力を評価され、マイルズとデュエットのチームを組み、音楽大学への進学を勧められます。

あこがれのマイルズと交流を持ち“うた”で新たな世界を見いだしたルビーでしたが、“うた”を聞くことのできない父親のフランク(演じるのはトロイ・コルツァー)や家族たちには、彼女の歌の才能を理解することができません。家族のなかでただひとり、「聞いて話せる」ルビーは、ロッシ一家と外界をむすぶ唯一の道なのです。

安全面から「ろうあ者だけの出漁は許されない」ことにより、故郷を離れての進学に逡巡するルビー。ロッシ家にとって、漁業を奪われることは、家業と生存権を喪うことに直結してしまうのです。

ルビーは家族の理解を得られるのか。ともに音楽大学をめざすことになったマイルズとの関係は。学校で開催される合唱会に家族を招待するルビー。彼女の将来はどうなっていくのでしょうか。

原型の「エール!」ではフランスの農場が舞台となっていましたが、本作では漁業を営む一家となっています。主人公一家を演じる俳優は、前述のトロイ・コルツァ-だけでなく母親ジャッキーを演じたマーリー・マトリン(Marlee Matlin)、兄レオ役のダニエル・デュラント(Daniel Durant)の全員が聴覚に障害を持っていますが、確かな演技力を見せています。

とくにマーリー・マトリンは初の主演作「愛は静けさの中に」(Children of a Lesser God、1986年)でアカデミー主演女優賞に輝いています。監督・脚本のシアン・ヘダーが、最初にキャスティングしたのも、母親役のマトリンだそうです。

「マーリーに会ったとき、彼女とならこの作品で真のコラボレーションができると確信しました」そうですし、デュラントも「兄役のダニエル・デュラントは、まさに大発見です」(いずれもパンフレットより)

作品自体もすばらしいのですが、一番、感銘を受けたのはタイトルです。「CODA」は、“Child of Deaf Adults”の略称で“ろう者の親を持つ子ども”という意味ですが、音楽用語として“楽曲や楽章の終わり”という記号でもあります。じつに秀逸なタイトルの選択でしょう。そして、少々下世話ではありますが、“放送禁止用語”が手話には存在しないことも本作で知りました。

今回のアカデミー賞で“放送禁止用語”が発せられるという“ハプニング”があったことで、「音声ではない」ことが大きな意味を持つことに気付いたわけです。

そして、長編アニメ部門で受賞したのは、すこし以前に本稿で取り上げた「ミラベルと魔法だらけの家」(Encanto、2021年)でした。魔法が使える一族のなかでひとりだけ“魔法を持たない”少女ミラベルが喪われた家族の魔法と絆を取り戻すという作品で、ミュージカル仕立ての作品ということで、こちらも“うた”が大きなテーマとなっています。

「家族のなかでの疎外感」、「家庭内での個々人への依存」、「子供も成長して、いつかは家族とも別れなければ」といった要素に共通点を感じます。

年間に100の単位で企画が動くのがハリウッドであり、似たような着眼点や仕上がりの作品が出てくることが必然です。

今回のアカデミー賞にて、アニメと映画の作品賞に輝く2作品に近似値を感じるのは「単なる偶然」なのか「時代が求めた必然」か。きっと、その両方なのでしょう。決して派手な作品ではないですが、静かでありながら、強い感動を引き起こす秀作となっています。次回は「男たちの挽歌 4Kリマスター版」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。