インド出国前にグルガオン観光、息子と和解後つらい別れ(96)

(著者がインドから帰国したので、タイトルを「インドからの帰国記」としています。連載の回数はそのまま継続しています)
【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2022年5月10日】私は首都デリー近郊の衛星都市、リトル日本人街として名を馳せるグルガオン(Gurgaon、ハリヤーナ州=Haryana)を1度ぜひ訪ねたいと思っていた。インド一発展した都市として名高い同市には、日系企業1400社以上、在留邦人が、コロナ禍で少し減ったかもしれないが、6000人も住んでいるのである。

首都の国際空港から3キロのエアロシティは、色鮮やかな花が咲き乱れる石畳の舗道、モダンなビル群、噴水のある広場と、美しく整備された未来都市だ。

今回の帰国ついでに、前日(3月10日)短時間ながら観光の真似事をできたらと思っていたのだ。息子もぎちぎちのスケジュールから母見送りのための時間を捻出してくれ、いろいろあったけど、母子でひととき観光を楽しみ、冷え切った仲に雪解けが訪れればとの願いもあった。ユニクロのインド支店で息子の服を見繕った後、日本食レストランでランチ、親子水入らずの時間を楽しむつもりだった。

ところが、ここでも突如、息子の友人が登場、アーミーに所属する大柄のがっしりした青年は、妻子同伴で自家用車で現れ、私は否応なく車に押し込まれ、観光案内されるゲスト側に回った。

まったく、最後の最後まで息子には振り回されっぱなしだ。内心憤慨したが、いくら探しても見つからないまゆずみ探しをヘルプしてくれると言うので、気を取り直した。しかし、結局モールに入っている高いブランド物を買わされる羽目に陥り、日本じゃ100円ショップで買えるのにとあほらしかったが、しょうがない。

ランチは同じモールに入っていた日本食レストランでスシを堪能した。海苔なしだが、野菜たっぷりの美味なカリフォルニア巻きに舌鼓を打った。別添えの粉わさびをトライした息子の友人がインド人なのにのけぞって辛がり、テーブルは大爆笑、6歳のお嬢ちゃんもスシが大好きとかで、息子はガリがおいしいとお代わり、会計はタックスを法外に取られ高かったが、満足した。

インドとは思えない一角、ヨーロッパの街並みにタイムスリップした錯覚に陥る。

食後、荷物をホテルから引き上げて、首都デリー(Delhi)のインディラ・ガンディー国際空港(Indira Gandhi International Airport)から3キロの商業施設「エアロシティ(Aerocity)」に案内してくれることになった。私の希望でもあったのだが、グルガオンのサイバーハブ(IT中枢センター)よりずっとよくて、まるでインドじゃないみたいな、美しく整備された石畳に鮮やかな花の咲き乱れる未来都市で、ヨーロッパの街並みを彷彿させる素晴らしさだった。

グルガオンには、こんなもんかとやや失望した私も、インド一の名にたがわぬ発展ぶりを目の当たりにして、これがインドの将来だったら、「オーサム」とかいま見た未来都市に明るい展望を持った。インドの未来は輝かしいと信じるに足る、美しい街造りの模範が目の前にあった。

空港まで送ってもらい、いよいよお別れのときが来た。息子は国内線でオディシャ(Odisha)州都に戻り、タクシーで一旦プリー(Puri)に帰ることになっていたが、3日後に南のIT都市バンガロール(Bangalore)にシフトする予定でいた。インドの本宅は空になるわけだが、ひと月に1度息子が帰って甥に託したホテルや家をチェック、WhatsApp(ワッツアップ、無料通信アプリ)で知らせてくれることになっていた。

まだどうなるかわからないが、ホテルは、テナントを探す方向で進めている。信頼できるテナントが見つかるまでは、甥と月1度チェックに帰ってくる息子に託す、つまり当面モラトリアムで行くということだ。

私とて、34年に及ぶ経営歴で、「ホテル・ラフ&ライフ」に愛着、未練があることは疑いようもないが、人件費や光熱費が高騰し、実入りはあまり期待できない。何よりもコロナで、赤字期間があまりにも長すぎた。やっとインドも終息モードになって、ホテルも連日満室に近いにぎわいだが、オーナー2人が不在なことが多い現状からも、貸し出した方が手っ取り早く、経営の煩わしさはないし、収入も期待できる。

最後の瞬間、息子は目を大きく見開いて、変な表情をした。2月いっぱい息子への執着を断ち切るのに苦労し、感情的な波に翻弄され尽くしたせいで、私は比較的淡々としていた。息子との別れは既にいやというほど予行演習済み、ありとあらゆる感情は流し尽くしてしまったからだ。

この1年半、息子となかなかうまくくいかず、夫の遺影にどうしようと泣きついこともあったが、そして最後のひと月間は仲が冷え切って険悪だったが、振り返ると、奇跡のような時間だったと思う。

パンデミック(世界的大流行)下、互いに依存し合う濃密な時もあった。よく喧嘩もしたが、コロナがなければ、息子との同居はありえなかったと思うと、たった1年半共有した時間がかけがえのない宝物のようなひとときに思えてくる。

何より、出産時肝炎を患って母子ともに命の保証はないと宣告されながら、九死に一生を得て授かった第1子だっただけに、思い入れはひとしおだった。予後が悪く、生後まもない乳児を義姉に預ける羽目になった私にとっては、遅れてやってきたマザーフッド(母親稼業)、母としてやっと目覚めた体験は、神の恩寵と言っても過言でないほど貴重だった。

亡夫が仕組んだ粋な計らいだったろうか。コロナ禍という試練の時を母と子が協力しあって乗り切って欲しかったに違いない。夫がくれた贈り物、天のギフト、もしかして、夫も、目に見えないだけで共に生活、親子3人の同居をいいも悪いも共に満喫していたのかもしれない。

〇こぼれ話/マスクあれこれ

世界的にマスク顔が日常となって久しいが、あなたはどんなマスクを常用されているだろうか。

私はグルガオンの街中に入ってから、息子にAmazonで購入してもらった「N95」、アメリカ製の高性能(微粒子用)マスクに替えたが、着け心地の良さに驚いた。顔にべったり着かず、スペースがあって、息がしやすいように表側にプラスチックのボタン紛いの呼吸口が付いている。

国内線では、旧来の不織布マスクに織布マスクを重ねた2重マスクで通していたが、国際線ではより感染リスクも高まるため、出発に向けて、今から慣れていた方がいいだろうと替えたのだ。

予備として安めの5枚セットも購入していて、息子に所望されて1枚あげたが、こちらはN95でも呼吸しにくい欠陥があったようで、息子は鼻を剥き出しにしてまるでマスクの用をなしていなかった。1枚だけでも、高めのものを買っておいてよかったとしみじみ思った(インドでは、日本円にして400円かそこらだったと記憶している)。元の織布マスクに戻した息子だが、使用頻度・時間は私に比べると、半分にも満たない。

マスクファッションはいまや世界の潮流だが、インドも同じで、若者には派手な柄付きの織布ものがポピュラー、洗って使えるためコスパが高い。

〇旅ルポ/高山の樹齢1100年の古老桜

岐阜県高山市にある名物桜は、樹齢1100年の巨木、龍が臥せっている形状に似ているため、「臥龍桜」と名付けられた。高さ20メートル、幅30メートルの威容には圧倒され、感嘆の息が漏れる。

金沢の桜がほぼ散った4月半ば、市内在住の長弟夫婦に、車で岐阜県高山市に連れて行ってもらった。義妹によると、山に囲まれた盆地の高山の桜は今が見頃という。

以前から有名な観光地である飛騨高山には一度行きたいと焦がれていたし、車だと片道1時間半で行けるというので、渡りに船の誘いにはすぐ飛びついた。

風情ある焦げ茶の格子戸に瓦屋根の造り酒屋や土産物屋、飲食店が軒を並べる古めかしい町並みを歩き、川(宮川)に出ると、丹塗りの橋(中橋)がかかっていて、川べりの桜が満開に噴き上げている。橋の反対側のしだれ桜も美しく咲き誇っていた。小さな川は蛇行して流れ、青磁色の川面に垂れかかる桜の薄紅との対照が麗わしい。

コロナ禍で観光客もそれほど多くないし、遅れてきた花見にはもってこいだ。赤い橋を渡る人力車も、風情がある。

京都を模した低い軒並みが並ぶ古い町中へまた戻って、そぞろ歩き、飛騨牛の串を立ち食いしたあと、喫茶店に入り、飛騨牛乳の濃厚なカフェオレを堪能した。

それから車に戻り、知る人ぞ知るの桜名所、曰く「臥龍桜」見学に向かった。飛騨一ノ宮駅の近くに臥龍公園があり、その敷地の奥に見事な桜の巨木が薄紅の花弁を噴きこぼらせていた。

観桜客はまばらだが、見上げる人の口から、誰彼となく、すごいの感嘆のつぶやきが漏れ出る。樹齢1100年、高さ20メートル、幅30メートルの巨桜にはただただ圧倒された。はるか平安の昔から、この桜は人々の営みを見守ってきたのだと思うと、感慨深い。

半日ツアーだったが、奇跡と言っていい貴重な体験で、臥龍桜をひと目仰げたのは一生に一度の機会だったと思う。

(「インド発コロナ観戦記」は、92回から「インドからの帰国記」にしています。インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からインドからの「脱出記」で随時、掲載します。

モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、コロナウイルスには感染していません。また、息子はラッパーとしては、インドを代表するスターです。

2022年5月5日現在、世界の感染者数は5億1617万0922人、死者は624万7502人(回復者は未公表)です。インドは感染者数が4309万4938人、死亡者数が52万4002人(回復者は未公表)、アメリカに次いで2位になっています。編集注は筆者と関係ありません)。

編集注:「N95マスク」とはアメリカの労働安全衛生研究所(NIOSH)のN95規格をクリアし、認可された微粒子対応マスクで、耐油性がなく、0.3μm(ミクロン、1ミクロンは1000分の1ミリ)の微粒子を95%以上捕集する。医療現場でも使われており、20枚入り7000円程度。