物語は定番も、監督や出演者の感情が込められた「男たちの挽歌」(341)

【ケイシーの映画冗報=2022年5月12日】30年以上前のことですが、成立しなかったものの、「香港映画」という企画をお手伝いしたことがありました。数年後の1997年に迫った中国への返還により、大きな変化が予測された香港の映画産業の“よりよき未来”を願う、日本の香港映画好きの願いがこめられていたのです。

現在、一般公開中の「男たちの挽歌4Kリマスター版」((C)2010 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.)。

自分は「『男たちの挽歌』しか観ていませんよ」と注釈をつけたのですが、「(1本でも)観ていれば大丈夫」という寛大なお言葉で、仲間にさせていただきました。

その1本も、白状してしまうと劇場での鑑賞ではなく、当時、隆盛をほこったレンタルビデオでの視聴だったので、イベントの開催により「スクリーンで観られれば」という願望もありました。今回、日本での劇場公開から35年を経てのリバイバル上映は、うれしいのひとことです。

香港を拠点とする偽造紙幣シンジケートの幹部ホー(演じるのはティ・ロン=Di Long)とマーク(演じるのはチョウ・ユンファ=Chow Yun Fat)は固い信頼で結ばれた相棒でしたが、ホーはカタギになることをマークに伝えます。弟のキット(演じるのはレスリー・チャン=Leslie Cheung)の将来の夢が警察官だったためです。

最後の仕事として、台湾での大きな取引におもむくホーでしたが、裏切りにあって弟分のシン(演じるのはレイ・チーホン=Lee Chi Hung)をかばって逮捕されます。ホーの逮捕を知ったマークは、たったひとりで裏切った相手組織を襲撃し、復讐を遂げますが、右足にハンディキャップを負ってしまいます。

3年後、罪を償って香港にもどったホーでしたが、警官となっていた弟キットには、「兄さんのお陰で仕事ができない」と縁を切られ、足を引きずるマークは組織を仕切るかつての弟分シンの雑用係となっていました。

再会を喜ぶホーとマーク。かつての栄光を夢見るマークに、裏社会に戻る気がないことを語るホーでしたが、シンにとってホーは、香港にいるだけでやっかいな存在となっていました。

ついにキットまでがシンに狙われることで、ホーの怒りは沸点に達し、シンと戦う決意をするのでした。

それまでの香港映画の代名詞であった“カンフーとコメディ”というイメージを打破し、“香港ノワール(英雄式血灑、中国語)”というジャンルを確立した本作の監督・脚本はジョン・ウー(John Woo)。

本作で独自のアクション・スタイルを確立し、のちにハリウッドにも進出するウー監督ですが、不遇な時期も経験しています。

本作を生み出す前、映画会社の上層部とぶつかったことで一時、台湾に活動拠点を移し、ふたたび香港での映画作りにカンバックしたのです。ホー役のティ・ロンも同じ頃、台湾に“出向”しています。劇中で描かれたホーの台湾での服役と香港への帰還は、監督と主演俳優の人生そのものだったのです。

ストーリー的には、古典的といいますか、定番なものでした。公開当時の紹介文はこう書かれています。
「ストーリーそのものは、あまり目新しさが無く、悪くいえばオソマツな話なのだが、(中略)一昔前の東映ヤクザ映画や、Gメン75等のドラマと似た展開になっているせいで、ある面では懐かしい雰囲気もする」(月刊Gun誌1987年4月号)

たしかにありきたりな「喪失と再生」「仁義なき相手への逆襲」の物語ではあります。ウー監督も日本の映像作品に影響を受けていたことは認めております。しかし、そこに上記のような監督や出演者の内包した感情が込められていたからこそ、リバイバル公開されるだけの作品になったのではないでしょうか。

中国文化圏でありながら英国連邦の一員であった(1842年から1997年)香港は、ウー監督によるとこんな状況だったそうです。
「1960年代の香港で育ったのは、私のような映画作家にとって、実に素晴しいことだった。……ロードショー館では、ハリウッド製の最新作だけでなく、ヨーロッパ、日本、香港、中国や台湾の最新作を見た。(中略)そこには商業映画やアート映画の境界も、異なる文化の間の境界も存在しなかった。香港における映画製作のニュージェネレーションが分かち合っていたのは、まさにそんな独特の環境だったのだ」(The Essentail Guide to Hong Kong Movies(ジ・エッセンシャル・ガイド・トゥ・香港ムービー) に寄せられた序文)

宗教や民族の対立、国の領土の変遷などは、歴史の産物であり、容易な解決はのぞめません。中国に返還された後の香港映画界も、かつての勢いを減じています。

楽しい映画作品を楽しめる時代が来てくれることを、願わずにはいられません。本作の鑑賞中、過去に思いを馳せながら、ついそんなことを考えてしまいました。次回は「シン・ウルトラマン」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、本作「男たちの挽歌」は1986年制作で、原題は中国語が「英雄本色」、英語が「A Better Tomorrow」。1987年に「男たちの挽歌Ⅱ」、1989年に「アゲイン/明日への誓い」とシリーズは計3本制作された。

1986年に「第23回金馬奨」で最優秀監督賞、最優秀主演男優賞(ティ・ロン)を、1987年に「第6回香港電影金像奨」で最優秀作品賞、最優秀主演男優賞(チョウ・ユンファ)を受賞している。

また、インドでリメイクの「Aatish: Feel the Fire」(1994年)、韓国でリメイクの「男たちの挽歌 A BETTER TOMORROW」(2010年)、中国でリメイクの「男たちの挽歌 REBORN」(2018年)が制作され、韓国版が2011年に日本で公開された。