【ケイシーの映画冗報=2022年9月29日】20年ほど前になりますが、アメリカでもローカルな地域に滞在したおり、日本人だと知って、地元の少年が話しかけてきました。「ボクは日本のニンジャとアニメとマンガの大ファンなんだ」と海を越えた来訪者に語る彼の表情は真剣そのもので、いっときの交流を楽しみました。
いまでは日本産のアニメやマンガは世界的コンテンツとなっており、日本のマンガは“MANGA”として英語圏で通用しますし、日本産アニメは“ジャパニメーション”で理解されます。
そのなかでアニメの“声”をつかさどる“声優”という職業にフォーカスして作られたのが本作「その声をあなたへ」です。自分の知る限り、声優という職業を扱った劇場用映画で、ここまでドキュメンタリー要素の強い作品はなかったはずです。
内海賢二(1937-2013、享年76)は、1963年に声優としてデビュー。唯一無二の声質と表現力でアニメ、吹き替え、ナレーションなどに活躍しましたが、2013年に惜しまれつつ世を去っています。
そんな伝説的声優の存在に興味をもった若手のアニメライターの結花(演じるのは逢田=あいだ=梨香子)は、その内海賢二にゆかりのある人物たちへのインタビューをつづけることで、過去の時代や状況、そして現在へと至る“声の表現”の変遷を知ることになります。
自分自身が演劇学科にいたということもあって、同級生や先輩、後輩にも声優業に携わっている人物につながりがあります。学生時代からのつき合いという気安さもあって、いろいろと見聞しているのですが、「基本的に楽しい仕事」ということです。
もちろん、光る部分だけではありません。ほとんどのクリエイティブな仕事は望んで就くものなのでしょうが、やはり適性やその業種特有のキツさもあって、「心ならずも」と離れていってしまうことも少なくないということです。
そして、あまり表面化することがないのでしょうが、収入についても教えてもらいました。同窓生いわく、「みんなが思っているより、(アニメは)ずっと安いよ。いつも確実に仕事がある保証もないしね。声優一本でやっていくのは大変だよ」ということでした。
本作には、インタビューというかたちで、本当に草創期から活躍されている声優さんが幾人も登場しますが、本当に芸暦50年、60年という人物が現役として活動されているのですから、すごいことでしょう。
そうした“超ベテラン”と新人がおなじ舞台(スタジオ)でひとつの作品に携わっていくというのも、日本の声優業界ならではの出来事ではないでしょうか。ご高齢のかたから若手の皆さんまで、ひとりの演者についてにこやかに話されされているのもまた印象的です。没後10年にもなる内海賢二が、つい数日前までスタジオに居たような錯覚すら覚えてしまいます。たとえ演じていなくても伝わってくる「表現者のすごみ」とも言えるのでしょうか。
ふだんは作品内でしか見られない「表現する人々による表現」という意味でも興味深い作品となっています。
最後に少々長くなりますが、本作に出演する“レジェンド声優”にきわめて近い御方から教えていただいた「日本の声優業界の逸話」を紹介させていただきます。いまでは聞かれることのない表現もありましたので、鑑賞についての知識の一助として、楽しんでいただだけば。
「日本で吹き替えが普及したのは、テレビ放送がキッカケ。当時の小さいテレビ画面では、細かい字幕を読むのがむずかしいという理由だった」
「声優の仕事が脚光を浴びたのは1960年代のはじめから(ちょうど内海賢二が声優になったころ)で、アメリカのテレビドラマ(当時は外国テレビ映画と呼称)で知られるように。当時は声優さんの住所も雑誌などに公開されており、ファンレターなどは直接、自宅に届いていた」
「外国作品の吹き替えは“アテレコ”という。もとの俳優の口と声(本来の音声。原音)に“アテてレコーディング”なので。アニメのように原音のない作品は“見てレコ”(映像のみを見て演じる)とするのが本来の用法」
「現在の声優はアニメが活躍の中心だが、かつては傍流的なあつかいであり、“マンスター(マンガのスター)”という少々失礼な表現もあった」
「ほかにも“アテ八ナマ二(アテレコの仕事が八割)”や“アテずりまわってます”といった言葉も。メイクや衣装、セットがなく、録音スタジオに演者が揃えばはじめられた“声の仕事”は本数をこなすことができた。1時間の外国ドラマの収録、次の作品の試写(フィルムでの上映)、生放送のラジオ、それから30分のアニメ作品と1日に3つから4つの仕事を掛け持ちすることもあった。おしなべてギャラは安かったけど」
次回は「ザ・コントラクター」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。