丸善丸の内でかたおかきくよら「万華鏡」展、内外の作家が300点

【銀座新聞ニュース=2022年11月29日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ、03-5288-8881)は11月30日から12月6日まで4階ギャラリーで「丸善 冬の大万華鏡展『美しさのサプライズを贈る』」を開く。

丸善・丸の内本店で11月30日から12月6日まで開かれる「丸善 冬の大万華鏡展『美しさのサプライズを贈る』」に出品されるかたおかきくよさんの「Let it snow(レット・イットゥ・スノー)」。

恒例となっている「万華鏡」展で、かたおかきくよさんをはじめとする国内外の代表的な万華鏡作家が約300点を展示販売する。

ウイキペディアなどによると、「万華鏡」は筒などの内部に鏡を張り、筒を通して、移動するビーズなどの着色された細片(かけら)を見て楽しむおもちゃの一種で、筒の一端からのぞき込むと、他から光が入り鏡で反射し、鏡を45度の角度に交差させると8個、60度では6個、90度では4個の1回の反射による鏡像が見られる。

筒を回転すると着色された物体が移動し、さまざまな色や模様を見ることができる。鏡の対称性により美しい図形が見られる。2枚の鏡でできたものは背景から独立したパターンとなるが、閉じた三角形の鏡でできたものは視界の全体がパターンとなる。

英語では「カレイドスコープ(Kaleidoscope)」で、ギリシャ語の「Kalos(美しい)」と「Eidos(形)」、それと「Skopeo(見るもの)」を合わせた造語だ。かつては「万華鏡(ばんかきょう)」や「百色眼鏡(ひゃくいろめがね)」、「錦眼鏡(にしきめがね)」とも呼ばれた。

スコットランドの科学者、サー・ブリュースター (Sir David Brewster、1781-1868)が偏光の実験の途中で、灯台の明かりを遠くに飛ばすため、鏡の組み合わせを計算し、工夫をしているときにできたもので、1817年に特許を取得した。初期のデザインは、一端に一組の鏡を置いた筒からできており、他端には半透明の円盤、その間にビーズを置いた。初期には科学における道具として発明されたが、おもちゃとして急速に複製された。

日本には江戸時代の1819(文政2)年にはすでに輸入され、1615(元和元)年から1833(天保4)年までの出来事をまとめた「摂陽奇観(せつようきかん)」によると、「紅毛渡り更紗眼鏡流行 大阪にてにせ物多く製す」という記述が残っているほど、その偽物が出回るほどの人気を博した。明治になると「百色眼鏡」や「万華鏡」、「錦眼鏡」として流行し、その後は子どものおもちゃ、郷土の伝統工芸として広まった。

一方、1981年にアメリカ人女性のコージー・ベーカー(Cozy Baker、1924-2010)が息子の事故にショックを受け、その後、万華鏡でいやされたことに感動し、万華鏡を見直そうという運動がはじめ、これが「万華鏡ルネサンス」と呼ばれている。コージー・ベーカーは1986年に「ブリュースター万華鏡協会(The Brewster Kaleidoscope Society)」を設立し、現在、万華鏡は婦人科、小児科などの病院で痛みや癒しの用具として使われ、ホスピスなどでの痛みの緩和にも使われている。

かたおかきくよさんは1985年に岐阜女子大学家政学部住居学科を卒業、1985年から岐阜ガス、岡村製作所、三越ハウジングでインテリアコーディネーターとして活動、1991年に長男を出産、退職し、専業主婦の道に、1994年に次男が誕生、2002年に「プリンツ」で万華鏡と出会い、最初はキットの袋詰め作業からはじめ、2005年に「万華鏡の家」の万華鏡の組み立てを始め、2008年から山見浩司さんに師事、2010年に第11回日本万華鏡大賞でふらのやまべ美ゅーじあむ賞、2014年にプリンツを退社し、独立、2016年に初個展、2018年にステンドグラス万華鏡ワークショップを開いている。

開場時間は9時から21時(最終日は15時)まで。入場は無料。