【ケイシーの映画冗報=2023年6月22日】「男は強くなければ生きてはいけない。やさしくなければ生きている資格がない」(原文、If I wasn’t hard,I wouldn’t be alive.If I couldn’t ever be gentle,I wouldn’t deserve to be alive.)
この一文、どこかで記憶しているのではないでしょうか。引用やパロディっぽい使い方もされていますが、もともとはアメリカのハードボイルド作家であるレイモンド・チャンドラー(Raymond Chandler、1888-1959)が創造した私立探偵フィリップ・マーロウ(Philip Marlowe)が長編「プレイバック」(Playback、1958年)の作中に主人公の台詞として披露されたものです。
さらに、いまでは“私立探偵のアイコン”ともいえるソフト帽にトレンチ・コート姿というイメージは、マーロウによって確立されたとされています。
本作「探偵マーロウ」(Marlowe)の舞台は1939年、第2次世界大戦(1939年9月1日から1945年8月15日)が勃発したころのロサンゼルス。ハリウッドで探偵業をしているマーロウ(演じるのはリーアム・ニースン=Liam Neeson)に裕福な美女キャヴェンディッシュ(演じるのはダイアン・クルーガー=Diane Kruger)が、姿を消した愛人の消息を探すよう、依頼してきます。
マーロウが仕事に取りかかると、その捜索対象の人物はすでに死亡していました。あっさりと事件が終わったかに見えましたが、死んだはずの相手を今でも見かけたという言葉をたよりに調べをつづけるマーロウは、やがてロサンゼルス裏社会の実力者ハンソン(演じるのはダニー・ヒューストン=DannyHuston)、地元ギャングのヘンドリックス(演じるのはアラン・カミング=Alan Cumming)といった“闇の紳士たち”が失踪した人物に関係していることを知り、自身も命の危険にさらされます。
「受けた依頼はかならず果たす」、マーロウは、このからみあった謎をとき、真実にたどりつくことができるのか。
本作の原作は、オリジナルのチャンドラーによるものではなく“公認後継作品”というかたちで、現役の作家ジョン・バンヴィル(John Banville、1945年生まれ)によって生まれた作品(ベンジャミン・ブラック=Benjamin Black=名義「黒い瞳のブロンド」2014年)です。ですので、設定やキャラクターを原作に添って構築された、“二次創作”とも表現できるでしょう。
原作(チャンドラー版)の舞台は、第2次世界大戦後(1950年代)のアメリカですが、本作では前述のように1939年となっています。そのためか、とくにクラシックなおもむきで作品世界が構築されていると感じました。
マーロウをはじめ、登場人物のおおくが、いたるところで平然と紫煙を漂わせていますし、吸殻も、かなり乱暴な扱いです。飲み物も日中から強い酒をそのまま(水も氷も炭酸水もナシ)、一気にあおっています。現代の表現コードではまず、実現できない映像でしょう。
ファッションも男性はスーツやコート(現在のカジュアルなスタイルが一般化するのは第2次大戦後です)ですし、女性もドレッシーなドレスが中心となっています。かなりタイトな仕上がりだったようで、キャヴェンディッシュ役のダイアン・クルーガーによると、
「昔の女性のシルエットは現代女性とこんなに異なっていたんだと驚いたわ。(中略)女性の胸は60年でそんなに変わったの?と思うほどに形が違ったりして(笑)。それにストレッチじゃないからとても着け心地が悪い」(パンフレットより)ということなので、しめつけの厳しい撮影現場だったようです。
ハードボイルドに欠かせない(とくにアメリカでは)のが銃器だと思いますが、近年のアクション映画(9月に新作が公開予定の「ジョン・ウィック」シリーズなど)では、多種類の銃器がバリバリと連射連撃されるのが一般的ですが、本作で火を吐く銃器は、一部が映画の撮影シーンであったりして、主人公であるマーロウはあまり銃にモノをいわせるキャラクターになっていません。
腕っぷしも弱くはありませんが、不覚をとるシーンもあり、“無敵のタフガイ”というイメージではなく、円熟味を増したベテランといった味わいとなっています。
ベテランというのはキャスト陣にもいえると感じました。前々回でも主演作をとりあげたリーアム・ニースン71歳と、“長老格”ですし、主要な人物も50歳台後半から60歳前半と経験豊富なメンバーが揃っています。
1930年代のハリウッドが再現されているシーンがおおい本作ですが、主要なロケはスペインでされているそうです。CG技術の発達により、世界各地や未来世界、宇宙空間までも自在に造り出せるとはいえ、クラシックな空気感の色濃い本作では、やはり実在の情景が合致しているといえます。
派手さはない作品ですが、ベテラン演技陣の円熟した演技が楽しめる一本となっています。次回は「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。