【ケイシーの映画冗報=2024年8月1日】「歴史に“IF”(イフ、もし)は禁物」といわれています。もちろん、正史を学ぶものや研究者、受験対策としての勉強だとしたらマズいですが、「もしもあの時・・・」という発想は、一種の思考実験としては興味をそそられる分野です。

7月26日から一般公開されている「もしも徳川家康が総理大臣になったら」((C)2024「もしも徳川家康が総理大臣になったら」製作委員会)。興行通信社によると、26日から28日の初週は3日間で動員18万4700人、興収2億5300万円で4位にランキングした。
2020年、世界中でコロナウィルスが猛威を振るうなか、日本の首相官邸内で集団感染が起こり、首相以下の閣僚が急死してしまいす。政府は最新技術の人工知能と立体映像をつかって歴史上の人物を蘇らせ、1年間の期間限定という制約で“超法規的だが最強の偉人内閣”を生み出します。
それが本作「もしも徳川家康が総理大臣になったら」(2024年)で、総理大臣には江戸幕府の初代将軍である徳川家康(演じるのは野村萬斎)、官房長官に坂本龍馬(演じるのは赤楚衛二=あかそ・えいじ)や法務大臣の聖徳太子(演じるのは長井短=みじか)、といった、家康から見れば過去や未来の人物。経済産業大臣の織田信長(演じるのはGACKT=ガクト)や財務大臣には豊臣秀吉(演じるのは竹中直人)といったかつてのライバルたちとも組閣し、国家の危機に立ち向かいます。
だれもが強烈なパーソナリティを持つ“家康政権”は、その力強さで政治や政策をグイグイと推進していきます。
テレビ局の新人女性記者である西村理沙(演じるのは浜辺美波=みなみ)はそんな彼らを取材しながら、閣僚たちに不協和音を感じ取るようになります。やがて、家康政権の誕生の裏には、とある陰謀が隠されていることが見えてくるのでした。
原作である「もしも徳川家康が総理大臣になったら」(2021年、サンマーク出版)はビジネス小説として刊行された400ページを超える大作ということもあってか、早いペースでストーリーが流れていきますが、要所要所で“偉人大臣”のキャラクターがフォーカスされますので、“この人物だったら”という説得力はしっかり描かれています。
もっとも、実在が懐疑的といわれる人物や、近年の研究ではネガティブな評価が書き換えられている御仁もいるので、本人がどうであったかというより、パブリックなイメージに寄せた活躍が見せ場というのが正しいかもしれません。
原作者である眞邊明人は、小説のほかに舞台やドラマの演出、企業のビジネス研修や政治家のスピーチ原稿を手がけるなど、多方面で精力的に活動されています。
最初は家康を「地味で大嫌いだった」と語る眞邊でしたが、人生のなかで艱難辛苦に直面しながら、戦国の世を終わらせ、260年にもおよぶ徳川政権を生み出した人物として、しだいに興味を引かれたそうです。
「苦しんだり悩んだり、生きていればいっぱいある。それらを懸命に乗り切り、最後に安定した国を造り上げたのがすごい。信長や秀吉よりも、親近感を覚えるようになりました」とのことでした。
本作を鑑賞中、ふと気付いたのですが、日本の内閣総理大臣は、衆議院議員から選ばれている。日本国憲法では「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」(第67条)なのに、参議院議員からは指名されないのです。
本作のように“実在しないデータ上の人物”が総理大臣になるなど、もっともありえないことでしょう。ですが、「ありえないから」といって想像の翼を折ってしまうというのもまた、無味乾燥な世の中になってしまいそうで、つまらない世界になるでしょう。
そして、乱世を生きた実力とカリスマ性を発揮する、“偉人大臣”に熱狂し、全幅の信頼を寄せていく市民たち。
その一体感には、恐ろしい反動が押し寄せる危険があることも、本作には盛り込まれています。原作者である眞邊の言葉が、その暗黒面を見すえるヒントとなります。
「『誰か偉大な人がいればいいや』という考え方ではなく、私たちそれぞれが主体性を持たなくてはいけない」(いずれも2024年7月25日付読売新聞夕刊)
大国ドイツの全権を握り、第2次世界大戦を引き起こしたナチス党のアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler、1889-1945)はドイツ国民の熱狂的な支持を得て国家元首となり、巧みな弁舌と迅速な政策決定でその人気を不動のものとしました。その一方で、党内の反対派を一気に殺害した「長いナイフの夜」(1934年6月30日から7月4日のナチ党による党内の粛清事件)などの暴力沙汰も起こしています。
こうした事例が、この作品に登場するある人物ともオーバーラップしました。エンタメ性の強い作品ですが、「民主主義」を考えさせる一面も内包した良作です。次回は、「ツイスターズ」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。