【ケイシーの映画冗報=2024年12月5日】本作「ドリーム・シナリオ」(Dream Scenario、2023年)はアメリカの地方都市で大学教授をしているポール(演じるのはニコラス・ケイジ=Nicolas Cage)は、妻のジャネット(演じるのはジュリアンヌ・ニコルソン=JulianneNicholson)、ふたりの娘と暮らす、ごく一般的な人物でした。
そんなポールに突然、周囲の人々が注目するようになります。人気のなかった講義に学生が集まり、日常でも人々から反応されるようになったのです。なんとポールは、世界中の多くの人々の見る夢に登場しているというのです。一躍、有名人となったポールに、ネット事業家のトレント(演じるのはマイケル・セラ=Michael Cera)が接触してきました。
だれもが知る人物となったポールを“活用”して、広告塔として活用しようというトレントの提案を受けたポールは、戸惑いながらも「自身の研究を書籍として出版する」という条件で引き受けようとします。
そんななか、人々の夢に登場しているポールがこんどは悪行を行い始めたことから、ポール自身の好感度もさがり、トレントは距離を取り、家族ともぶつかり合うようになり、ポールの評価は失墜してしまいます。当人はなにもしていないのに、毀誉褒貶(きよほうへん)にさらされるポールの運命は。
本作で主人公の大学教授ポールを演じたのは、ニコラス・ケイジ。アルコール依存症に苦しむ脚本家を演じた「リービング・ラスベガス」(Leaving Las Vegas、1995年)で、アカデミー主演男優賞を受賞します。そこからアクション大作の主演をいくつもこなし、本人も念願だったスーパーマン役を演じるという企画も動き出します。実子にカル=エルというスーパーマンの本名をつけるほどのファンだったニコラスでしたが、残念なことに、この企画は流れてしまいました。
その後もコンスタントに映画に出演していましたが、結婚と離婚を繰り返すといった私生活の乱れもあり、キャリアも迷走気味になります。くわえて、豪邸や古城、スーパーカーといったわかりやすいモノから、恐竜の化石、高価なアメコミ本の収集(本年4月に9億円で落札された「スーパーマン」のコミックス初版を所有していたことも)など、おカネの使い方も激しく、自身の会計担当者と揉めたりといったトラブルも起きています。
2000年以降には、劣悪な映画作品やキャスト・スタッフに送られる“ラジー賞(ゴールデン・ラズベリー賞)”の主演男優部門の常連となってしまいます。それでも、4度のノミネートにもかかわらず、受賞はしていないというのは、本業の力量の発露でしょうか。こうしたトラブルも、俳優としての表現力に深みを加えていくことにもなるのですから、不思議なものです。
「見た目を変えることで、朝からその役になりきれる。(中略)外見と内面を連携させることが俳優の仕事だからね」「我々俳優は自分以外の人間になるのが仕事」(いずれも「DVD&動画配信でーた」2024年12月号より)
監督・脚本のクリストファー・ボルグリ(Kristoffer Borgli)は本作のアイディアは、教職を失ったものの、法廷で争った結果、多額の和解金を受け取ったという実話が起訴となったと語っています。
「それはまるでフランケンシュタインのようで、村人たちに追い詰められた人物を描く古い西部劇のようにも感じられました。このシナリオは非常に映画的に思えたんです」(パンフレットより)
他人の夢の世界に登場する自分は、その当人の人格や行動に責任を持つことは不可能にちがいありません。ですが、悪役のおおい俳優が、本人も悪役であることはほぼ、ないはずです。もちろん、エキセントリックな振る舞いや、不謹慎な発言や行動はあるのでしょうが、それは誰もが内包している、マイナス要因でしょう。
現代社会では、自分には関わることのできないネット空間での評価や算定が、その人物や事象、選挙や裁判といった分野にも影響力を発揮しています。
作中、ポールの研究テーマは昆虫のアリについてのものでした。真摯に取り組んでいても、あまり脚光を浴びるような対象ではなさそうです。そんなマイナーな学究をしているポールが、自著を出版するというのはかなりの難事でしょう。
ですが、自身の意図とは無関係に名前と顔が知られ、その知名度を利用しようとするチームが接触してきたら、自分の大願を成就させたくなるのは、誰でもあり得ることでしょう。相手が金儲けにしか興味がなくても、その誘惑に抗(あらが)うことは難しいはずです。
本作でのポールのような状況になることは、いま現在、だれにでも起りうるのではないでしょうか?次回は、「モアナと伝説の海2」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。