脚本、監督、演者、“声”が見事に合致した「フライトリスク」(415)

【ケイシーの映画冗報=2025年3月13日】今回は「フライト・リスク」(2024年、Flight Risk)です。アラスカの山小屋に潜んでいたウィンストン(演じるのはトファー・グレイス=Topher Grace)はいきなり捜査官に踏み込まれ、体を拘束されます。女性保安官補のハリス(演じるのはミシェル・ドッカリー=Michelle Dockery)は、ウィンストンが麻薬組織に関わる重要参考人であることから、アラスカの片田舎から小型機でアンカレジへ飛び、最終的には裁判中のニューヨークまでの移動を監視することになります。

3月7日から一般公開されている「フライト・リスク」((C)2024 Flight Risk Holdings, LLC. All Rights Reserved)。製作費は2600万ドル(1ドル=150円換算で約39億円)、1月24日から26日の北アメリカ市場の興行収入ランキングでは1位となり、興収は1200万ドル(約18億円)だった。

かなり貫禄のある小型機に乗り込むウィンストンとハリス。操縦するのは地元のベテラン・パイロットだというダリル(演じるのはマーク・ウォールバーグ=Mark Wahlberg)で、陽気に語りながら離陸し、高度3000メートルまで上昇し、巡航状態となります。

順調に見えた空路でしたが、拘束されたウィンストンは足元にある身分証に気づきました。名前こそ“ダリル”でしたが、写真は別人のものでした。ハリスもパイロットのダリルに不信感を覚えます。服についた血のあとや会話の不自然さなどです。

やがてダリルは本性をあらわし、ウィンストンを殺そうと動きますが、ハリスが即応し、ウィンストンと協力してなんとか“自称ダリル”を制圧することに成功しますが、酷寒のアラスカ上空でパイロットのいないオンボロ飛行機に乗った3人の運命は。

本作の監督・製作(共同)であるメル・ギブソン(Mel Gibson)は、ニューヨーク生まれ、オーストラリア育ちの俳優で、駆け出しのころ地元で主演したカーアクション映画「マッドマックス」(Mad Max、1979年)の世界的ヒットにより、映画界で知られる存在となりました。

やがてハリウッドに進出すると、1987年から4作が作られた刑事バディー(コンビ)ムービーの傑作「リーサル・ウェポン」(Lethal Weapon)に主演し、映画スターとしての認知度を高めていきます。この2作は現在もドラマや映画で新作が生まれており、ギブソン本人の出演はないものの、息の長いシリーズとなっています。

そして、映画監督も手がけるようになり、1995年に主演作「ブレイブ・ハート」(Braveheart)を監督として生み出します。13世紀、スコットランドの独立を描いた3時間ちかい大作は、1996年のアメリカ・アカデミー賞で、作品賞、音響効果賞、メイクアップ賞、撮影賞を受賞し、ギブソンも監督として、監督賞に輝くのでした。

その後も順調に監督、俳優としてのキャリアを重ねますが、飲酒運転による事故や舌禍問題などから、ハリウッドきってのトラブル・メーカーという印象が強まり、作品よりも悪評のほうが目立つようになっていきます。

とはいえ、第2次世界大戦(1939年9月1日から1945年8月15日)末期の沖縄戦で、英雄的な行動をとった実在するアメリカ兵を描いた「ハクソー・リッジ」(Hacksaw Ridge、2016年)では、2度目とはならなかったものの、アカデミー監督賞にノミネート(録音賞と編集賞を受賞)されるなど、その才覚は決して枯渇していなかったのです。

本作「フライト・リスク」はギブソンにとって6本目の監督作ですが、これまでの歴史や戦争映画の作風とは一風変わった、飛行中の小型機の内部で、メイン・キャスト3人による密度の濃い密室劇となっています。

こうした、緊迫した状況で“閉じ込められた人物”をどう描くのかが、作品を成立させるカギとなります。脚本のジャレッド・ローゼンバーグ(Jared Rosenberg)の才能について、ギブソン監督はこう語ります。
「恐怖と、魅力的な要素が混在して、最後まで飽きさせず、予想外の笑いもありました。死角がないと感じました」

さらに“謎の男ダリル”を演じるマーク・ウォールバーグもこの脚本を高く評価しています。「脚本を読んで、すっかり気に入ってしまいました」(いずれもパンフレットより)

本作でウォールバーグが演じるのは、明らかに理性と感性のタガがはずれた人物ですが、妙な魅力をたたえています。おそろしく暴力的なのですが、どこかチャーミングな雰囲気もあり、これこそ脚本と監督、演者とのみごとな合致によるものだと感じました。

本作でもうひとつ、重要に感じたのが“声”の存在です。保安官補のハリスは上司や責任者とスマホで会話し、後半では、初めての飛行機操縦をアドバイスする“管制センターのパイロット”と無線で交信します。

この“声だけ”のやりとりでハリスは信頼や不安、そして不信感までおぼえるのです。画像がないぶん、これも密室劇によって、適度なスパイスとなっていました。超大作ではありませんし、91分という、近年でも短めな作品ですが、映画の魅力が充分にそなわった逸品です。次回は「教皇選挙」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。