【ケイシーの映画冗報=2025年4月10日】今回は「アンジェントルマン」(The Ministry of Ungentlemanly Warfare、2024年)です。第2次世界大戦(1939年から1945年)の初期、ナチスドイツの快進撃によって、1942年にはヨーロッパの大国でナチスと対峙するのはイギリスだけという状況でした。

4月4日から一般公開されている「アンジェントルマン」((C)2024 Postmaster Productions Limited. All Rights Reserved.)。製作費が6000万ドル(1ドル=150円換算で約90億円)で、興行収入が2970万ドル(約44億5500万円)。
すでにアメリカは参戦していましたが、猛威を振るうドイツ海軍の潜水艦「Uボート」によって、海上輸送が危険視され、イギリスへの補給には消極的となっていました。Uボートはアフリカの中立地域で、同盟国であるイタリア船籍の民間商船から補給を受け、大西洋に出撃していたので、正規軍による攻撃ができなかったのです。
そこでイギリス首相チャーチル(Winston Churchill、1874-1965、演じるのはロリー・キニア=Rory Kinnear)は、不正規な作戦を行うための組織「SOE(Special Operations Executive、特殊作戦執行部)」を創設し、“汚いが効果のある”作戦を与えるのでした。
素行は悪いが、優秀な軍人であるガス・マーチ=フィリップス(Gus March-Phillipps、1908-1942、演じるのはヘンリー・カヴィル=Henry Cavill)をリーダーとするチームは敵だけなく、味方のイギリス軍にも知られてはいけない、極秘で困難な任務でしたが、ガスが指揮するメンバーは、目標に向かう航海を続けるのでした。
本作は戦史に残る「ポストマスター作戦」をベースとしていますが、史実の作戦は作中のようなアクション満載のものではなく、粛々と進められ、激しい戦闘もなく、目標となった商船の奪取に成功しているのだそうです。
史実をそのまま映画化することにも意味はあるでしょうが、本作の監督・脚本(共同)のガイ・リッチー(Guy Ritchie)は、スタイリッシュな映像とアクションで知られる映画監督ですので、緻密な極秘作戦よりも、華麗なアクション活劇となるのは当然といえるでしょう。
「私の原点は、マカロニ・ウェスタンや第2次世界大戦の映画で、自分勝手な話ですが、第2次世界大戦について語りたいと思っていました。」(パンフレットより)というリッチー監督。
前作がアフガニスタンで活動したアメリカ兵と現地人通訳の絆をえがき、本項でもとりあげた「コヴェナント/約束の救出」(Guy Ritchie’s The Covenant)でしたが、本作も戦争映画となっています。
「コヴェナント」がリアルな戦いを描いているのに対し、本作では冒頭でドイツ海軍の軍艦がいきなり沈没したり、ドイツ軍に囚われていたガス隊長の戦友で、チームの作戦担当にもなるジェフリー・アップルヤード(Geoffrey Appleyard、1916-1943、演じるのはアレックス・ペティファー=Alex Pettyfer)を救出する際、ガスたちはたった4人で数十人のドイツ軍将兵を制圧するなど、“ハデめ”な描写がちりばめられています。
収容所を襲う場面を鑑賞中、「たぶん、この映画を参考にしたな」と感じた作品があります。巨漢で力自慢のアンダース・ラッセン(Anders Lassen、1920-1945、演じるのはアラン・リッチソン=Alan Ritchson)が弓矢で監視塔の兵士を倒すのは、第2次大戦後のアフリカで戦う傭兵部隊を描いた「ワイルド・ギース」(The Wild Geese、1978年)のワンシーンを想いだしてしまいました。
静かにはじまった救出作戦でしたが、徐々にヒートアップし、銃撃戦から大きな戦闘になっていきます。その過程で、集まっていたドイツ軍部隊を一気に倒してしまうのですが、そのシークエンスは、ならず者部隊がドイツ軍の高級軍人を一撃でやっつけてしまう「特攻大作戦」(The Dirty Dozen、1967年)のラストを連想させられ、リッチー監督の過去作への気持ちが伝わってきます。
そして、実在の人物が数多く登場する本作ですが、そのなかにイギリス軍情報部員として、イアン・フレミング(Ian Fleming、1908-1964、演じるのはフレディ・フォックス=Freddie Fox )という人物がいます。「世界で最も有名なスパイ」である「007・ジェームズ・ボンド(James Bond)」を生み出した作家であるフレミングが、大戦中にイギリス海軍の情報部に在籍していたのは事実ですが、作中のような立場ではなかったとされています。
とはいえ、情報部員ではあったので、どこかで史実の“ポストマスター作戦”についての情報を知る機会は、あったかもしれません。このぐらいの“改変”は許容できる範囲だと考えます。
エンターティメント作品が“史実から乖離している”という理由で否定されてしまうのは、正しい傾向ではないと感じています。こうしたエンタメ作品がきっかけで“本職”になったり、“専門家”や“泰斗”となった御仁を、幾人も存じあげているので。次回は「サイレントナイト」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。