老若男女誰もが楽しめる王道エンタメ「木挽町のあだ討ち」(441)

【ケイシーの映画冗報=2026年3月12日】今回は「木挽町のあだ討ち」(2026年)です。1810(文化7)年1月、「仮名手本忠臣蔵」の公演が終わった江戸の木挽町にある森田座。女性に扮していた美濃遠山藩の武士である伊納菊之助(演じるのは長尾謙杜=ながお・けんと)が「父の仇」と地元のゴロツキである作兵衛(演じるのは北村一輝=きたむら・かずき)を討ち果たしました。この「木挽町の仇討ち」として評判となった出来事を1年半後、舞台となった森田座に、調べる人物がやって来ます。

2月27日から一般公開している「木挽町のあだ討ち」((C)2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会)。興行通信社の映画ランキングによると、2月27日から3月1日の初週で5位にランクされ、6日から8日の2週目で7位。「ベーダーの興行収入速報」によると、11日間で推定興収5億円を突破としている。

加瀬総一郎(演じるのは柄本佑=えもと・たすく)と名乗るこの武士は、本懐を遂げた菊之助とは同郷で、縁のある者だと名乗り、森田座の木戸芸者(いわゆる呼び込み)の一八(演じるのは瀬戸康史=せと・こうじ)や立作者(座付作者)の篠田金治(演じるのは渡辺謙=わたなべ・けん)たちに菊之助について尋ねていきます。

森田座の面々から、菊之助についての証言を拾っていく総一郎。やがて、森田座の人々と菊之助がひとつの「からくり」を仕組んでいたことをさとる総一郎ですが、総一郎当人にも、大きな秘密があったのでした。

本作は永井紗耶子(ながい・さやこ)の筆による同名小説で、2023年に第36回山本周五郎賞と第169回直木三十五賞(上半期)をダブル受賞した時代小説となっています。舞台となっている江戸後期は、歌舞伎や講談、落語といった大衆文化が盛んだった時期で、庶民でも収入面での制約はありましたが、楽しむことができたのです。

一方で、幕府はこうした娯楽にはきびしくあたりました。芝居小屋は「悪所」ともいわれ、芝居に関わる人々は「河原乞食」とも呼ばれました。一般的な社会とは隔絶した扱いだったのです。さらに幕府は、芝居などの演目に御政道批判(江戸幕府への批判)がふくまれていると、すぐに上演禁止としました。

幕府の権威の失墜や、社会の安定をそこねるという名目での取り締まりでしたが、劇場側も思考を重ね、作品の舞台を江戸期としないようにしたり、登場人物を過去の人物に置き換えたりして、取り締まりを避けていたのです。

江戸期というのは、平穏な社会であった反面、江戸幕府による厳しい統制の世界でした。身分制度は厳格であり、武士階級のなかにも、封建制度による上下の関係が確立していて、出自や家柄といった個人の努力では難しい制約がありました。そうした世俗の堅苦しさを、舞台や話芸でひとときでも忘れることが、市井の人々の大きな娯楽でもあったのです。

本作の重要なポイントとなる「忠臣蔵もの」の原型は、江戸前期は元禄時代の赤穂浪士事件であり、亡き主君の仇を討った浪人たちが喝采を浴びることを、幕府は良しとせず、赤穂事件をあつかう演目がいくつも、禁演とされていました。

本作の大きなモチーフとなっている「仮名手本忠臣蔵」では作品の舞台を室町期に置き換えて演じることで、幕府からのとがめを避けることができたのです。当時の戯作者たちは、文才や諧謔とともに、豊富な知識も必要だったとされています。本作の主要人物である、森田座の立作者である金治が、もとは武士であったことから書物に触れる機会が多く、豊富な知識を得ていたことも推察されます。

監督・脚本の源孝志(みなもと・たかし)は、江戸期の歌舞伎について、こう述べています。
「歌舞伎とは、庶民の中から生まれ、育てられた文化なんです。武士から零(こぼ)れ落ちた人も含めてね。文化が成熟しているということは、庶民の精神も成熟しているということ。成熟からは反骨心も生まれるし、僕は庶民の自信も感じますね。そういう時代であったと思う」(パンフレットより)

こうした「反骨心」といいますか、「媚びない」部分は、本作の全編に貫かれているように感じます。菊之助の父親の死もまた、武士として一本の筋を通したものですし、仇敵を討った菊之助、その復仇(ふっきゅう)を支えていった金治たち森田座の面々(源監督によると“森田座アベンジャーズ”)や、彼らにさぐりを入れる総一郎。さらにはこの事件の張本人である作兵衛にも、「通すべき筋」をもっている人物として描かれています。

こうして記すと重苦さを想像されるかもしれませんが、総一郎役の柄本佑のコメントにはこうありました。
「老若男女、誰もが楽しめる王道エンターテイメント。映像の美しさがあって、物語の見応えも存分にあります」(2026年2月16日付スポーツ報知)

この一文に、作品の魅力は詰め込まれていると思います。楽しく観ることができる、良質な1本といえるでしょう。次回は「ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。