【銀座新聞ニュース=2026年5月1日】大手ビールメーカーのサッポロホールディングス(渋谷区恵比寿4-20-1)グループのビヤホール、レストランなどを運営するサッポロライオン(中央区八丁堀4-3-3、ダイワ京橋ビル)は5月1日から6月30日まで「YEBISU BAR 銀座コリドー街店」(中央区銀座8-2先、コリドー街、03-3573-6501)などで福島県産食材を使用した料理フェア「福の神にっぽん食探訪福島フェア」を実施している。

サッポロライオンが5月1日から6月30日まで「YEBISU BAR」で開かれる福島県産食材を使用した「福の神にっぽん食探訪福島フェア」で提供されるメニュー。左上から右回りに、金目鯛のいかにんじん南蛮漬け、近海茶蛸と夏野菜のガーリック炒め、うつくしまエゴマ豚の西京みそ焼き、近海茶蛸のネギポン酢、フラガールトマトの大葉マリネー胡麻ソース、目光の炙りカルパッチョ、琥珀ヱビスに漬けた川俣シャモのグリル、目光の唐揚げ。
2026年に創業150周年を迎えるサッポログループと、県政150周年を迎える福島県と連携し、「福の神にっぽん食探訪福島フェア」を開催し、今回は福島県認証ブランド畜産物である「川俣シャモ」や福島県オリジナルのブランド豚「うつくしまエゴマ豚」、水産物「いわき常磐もの」から近海茶蛸、目光、金目鯛など福島が育んだ選りすぐりの食材を使ったメニューを提供する。
主なメニューとして「琥珀ヱビスに漬けた川俣シャモのグリル」(税込1880円)は川俣シャモ(福島県伊達郡川俣町で特産品として生産されている食用鶏)の本来の旨味である適度な脂と深みのあるコクを、琥珀ヱビスでさらに引き立てた、シンプルなグリル。「うつくしまエゴマ豚の西京みそ焼き」(1080円)は「うつくしまエゴマ豚」(福島県が1997年から研究をはじめ、2002年に確立したブランド豚で、エゴマを飼料に配合して育成され、従来の豚の約4倍となるα-リノレン酸を含んでいる)の深い味わいと旨味を、西京みその甘みがさらに引き立てている。
「フラガールトマトの大葉マリネー胡麻ソース」(680円)はフラガールトマト(トキタ種苗が開発した糖度が高く、果実のような食感を持つミニトマト)を、胡麻とごま油の香ばしいソースでマリネし、大葉を合わせている。「目光の炙りカルパッチョ 」(1350円)は刺身用の目光(アオメエソ、目が青色に光っていることからメヒカリという通称があり、今回はいわき常磐ものを使用)を炙ったシンプルなカルパッチョ。「目光の唐揚げ」(780円)は目光の身の柔らかさを活かした唐揚げ。
「金目鯛のいかにんじん南蛮漬け」(850円)は金目鯛の唐揚げを、福島の郷土料理「いかにんじん」(福島県の郷土料理で、スルメとにんじんを細切りにし、しょう油、日本酒、みりんなどで味付けしてある)で南蛮漬けにしている。「近海茶蛸のネギポン酢」(950円)は弾力ある食感と風味の良い近海茶蛸(きんかいちゃだこ、常磐沖で水揚げされた近海真たこ)を、ネギポン酢で涼やかな味わいに仕上げている。「近海茶蛸と夏野菜のガーリック炒め」(1250円)は近海茶蛸と夏野菜をガーリックで炒めた。「ふくしま桃色コンチェルト(ビヤカクテル)」(980円)は福島県産の桃ジュースとヱビスビール、ジンジャーエールなどをあわせたビヤカクテルなど。
ウイキペディアによると、福島県は1876(明治9)年8月21日に旧福島県、磐前(いわさき)県、(会津)若松県が合併し、現在の福島県の県域がほぼ誕生した。面積は1万3783.90平方キロメートルで、北海道、岩手県に次ぐ全国第3位である。人口は約170万人で全国で21位、東北地方では宮城県に次いで人口が多く、1980年に宮城県に抜かれるまで、東北でもっとも人口が多い県だった。県内に政令指定都市は存在しないが、人口順に郡山市、いわき市、福島市の3つの市が中核市に指定され、中核市単独の数は三大都市圏以外の県の中でもっとも多い。いわき市は東北最大の工業都市、郡山市は東北地方の中で仙台市に次ぐ人口規模を誇る。
サッポロビールは1949年9月1日に過度経済力集中排除法及び企業再建整備法の適用を受けた大日本麦酒株式会社の決定整備計画に基づき設立され、資本金1億円をもって日本麦酒株式会社として発足した。1964年1月に「サッポロビール」(初代)に変更した。2003年7月に純粋持株会社へ移行し、「サッポロホールディングス株式会社」へ商号変更し、現業部門を新設会社のサッポロビール株式会社(2代)に分割した。
その前身は1906(明治39)年3月に大阪麦酒(アサヒグループホールディングス、アサヒビールの前身)、日本麦酒(かつて恵比寿ビールを製造、後に札幌麦酒と統合)、札幌麦酒(サッポロホールディングス、サッポロビールの前身)が合併して誕生した「大日本麦酒」だ。
ビール事業は1876(明治9)年9月に、開拓次官の黒田清隆(1840-1900)の指揮で村橋久成(1842-1892)や中川清兵衛(1848-1916)を始めとする有志が、札幌に「開拓使麦酒醸造所」を設立し、翌1877(明治40)年に冷製「札幌麦酒」(札幌ビール)の製造を開始したのがはじまりとされている。
1886(明治19)年に大倉財閥の創始者・大倉喜八郎(1837-1928)率いる「大倉組商会」が官立醸造所の払い下げを受け、1887(明治20)年に大倉と渋沢財閥の創始者渋沢栄一(1840-1931)、浅野財閥の創始者浅野総一郎(1848-1930)らが「札幌麦酒株式会社」を設立し、同社が製造販売した。1906年(明治39)年に、三井物産系列でヱビスビールを製造して販売する「日本麦酒醸造」、アサヒビールを製造して販売する「大阪麦酒」が合併して「大日本麦酒」となった。この時、静岡県東部・長野県・新潟県以東でサッポロビールは存続した。
「大日本麦酒」は1933(昭和8)年に根津財閥の創始者根津嘉一郎(1860-1940)がユニオンビールと三ツ矢サイダーを製造して販売する「日本麦酒鑛泉」を、1943(昭和18)年に、旧鈴木商店系で1939(昭和14)年に帝国麦酒から社名変更し、サクラビールを製造して販売する「櫻麦酒」をそれぞれ併合したことで、大日本麦酒製品のシェア(市場占有率)は7割以上となった。
1943(昭和18)年にビールの商標が禁止され、サッポロビールのブランドは一時消滅した。1949年に、過度経済力集中排除法に基づいて大日本麦酒が「朝日麦酒」と「日本麦酒」に分割された際、日本麦酒はニッポンビールのブランドを採用した。
しかし、ニッポンビールの苦戦と共に愛飲家からサッポロビール復活が望まれ、1956年にまず北海道で復活し、1957年から全国で「サッポロビール」を発売し、1964年に会社の商号を「サッポロビール株式会社」と変更した。サッポロビールの商標復活には、ビール業界で数少ない醸造技術者出身の社長である松山茂助(1890-1973)が尽力した。サッポロビールのラベルに描かれている五芒星は北極星(ポラリス)を表す前身の開拓使麦酒醸造所を保有していた北海道開拓使の徽章だった。
銀座近辺の「YEBISU BAR」としては、ほかに「YEBISU BAR グランスタ八重北店」(千代田区丸の内1-9-1、JR東日本東京駅構内八重洲北口改札外地下1階黒塀横丁、03-5220-4030)がある。営業時間は店舗に問い合わせを。