ルワンダ虐殺の「ジャカランダの樹」は必読、吉原幸子伝記も推奨(179)

【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2026年5月12日】地元の図書館に新たに届いた小説書の棚で、「ジャカランダの樹」(原題はJacaranda=2024年、ガエル・ファイユ=Gael Faye、1982年ブルンジ生まれ=著、早川書房)を見つけたとき、思わず手に取ったのは、その表紙の美しさからだった。

ルワンダの大虐殺がテーマの、日本の学生絶賛の「ジャカランダの樹」。訳者の加藤かおりもこなれていて、重いテーマながらも、読みやすい仕上がりになっている。

薄紫のジャカランダの花木が描かれた、パッと人目を引く装丁だったのだ。著者のガエル・ファイユは父がフランス人、母がルワンダ人(ツチ族の難民)のハーフで、ラッパーでもあると知って、わが息子(インドで人気のラッパーBig Deal)と重ね合わせ、迷わず手に取っていた。

美しい装丁と裏腹に、内容は「ルワンダのジェノサイド(虐殺)」を扱った重いテーマだが、フツ族とツチ族の対立の歴史的背景やその理由がわかりやすい文体でより具体的に描かれ、理解が進んだ。

著者がモデルの主人公の生い立ちや、少年期の家庭生活、アイデンティティの問題に、父母の離婚などが描かれるなか、ルワンダ人の母がくぐり抜けてきた修羅が明かされる終盤並びに、人民法廷で生存者が語る証言が生々しく壮絶だ。

かねてから「ルワンダの大虐殺」については関心を持っていたが、本書はウイキペディアで通りいっぺんに読むのと違って、生々しく赤裸々で、いったい、人はかくも人に対して残酷になれるものかと、震撼させられた。

それは過去の話でなく、今に通じるものでもあり、ウクライナ、ガザ、イランと現在に至っても、局地的紛争が絶えず、目を覆うような戦争犯罪が公然と繰り広げられている。そんな人間の業(ごう)、内面に潜む魔性、闇の部分を改めて突きつけられる戦慄の書だ。2024年に「第4回日本の学生が選ぶゴンクール賞」に輝いた秀作だが、世界平和を改めて考える上でも、本書は国を問わず若い世代に読まれるべき必読書だと思う。

主人公の母は虐殺については沈黙を通し、息子に一切語らないのだが、同じ著者の前編ともいうべき「小さな国で」(2020年に早川書房が電子書籍版、原書は2016年刊行)では、姪や甥の虐殺現場を3カ月後に目の当たりにして、正気を失った母が執拗に子供たちに狂気じみた告白をするのだ。

久々に山田詠美を読んだが、さすがと感服。なお、河野多恵子、大庭みな子、瀬戸内寂聴の3女流作家の関係については瀬戸内も生前の長編小説「いのち」(講談社、2017年12月、2020年10月文庫化)に書いている。山田とは当然ながらアングルが違い、同人誌時代からの盟友だった河野多恵子には手厳しく、大庭みな子には甘い。

死骸が3カ月過ぎると、どのようになるか、どろどろの腐肉がコンクリートの床に流れ出し、染み込んでいくら拭き取っても取れないことを、主人公の妹である娘に毎日のように訴える。「ブルンジ」という東アフリカの小国での牧歌的な少年時代から一転して、地獄の奈落へ突き落とされる。やがて、ルワンダから波及したフツとツチの対立の嵐(ブルンジ内戦)に巻き込まれた家族は、フランスへの退避を余儀なくされる。

「ちいさい国で」は36カ国語に翻訳され、40万部以上のベストセラーとなった。ガエル・ファイユのデビュー作ながら、フランスの高校生が選ぶゴンクール賞ほか4賞に輝いた良書だ。ちなみに、著者は現在、妻子とルワンダ在住で、YouTubeをGael Fayeでチェックすれば、ラップ動画も出てくる。

次は、「三頭の蝶の道」(山田詠美著、河出書房新社、2025年10月刊)。久々に山田詠美(1959年生まれ)を読んだが、最新刊はさすがの筆力、蝶の数え方が頭(とう)だと教える先輩女流作家のモデルは河野多恵子(1926-2015)だが、山田詠美は彼女に見出され、生前可愛がられた経緯がある。

2頭目の蝶のモデルは大庭みな子(1930-2007)で、河野多恵子とはライバル関係にあった女流、そして最後の3頭目が瀬戸内寂聴(じゃくちょう、1922-2021)、前の2人より筆力は劣るが、人気抜群の女流をモデルにして描かれている(作中では宗教家の設定にはなっていない)。

いわば、女流作家と、男性作家から差別視されていた時代の女性作家の生き方をなぞった作品、女流と呼ばれた時代の、かえってそれを逆手にとった交流会(女流文学者会、初代会長は吉屋信子=1896-1973=で1940年発足、2007年解散)に、1980年代新人として参加し、錚々たる先輩女流と関わる僥倖を得た著者ならではの、優れた観察力による3頭の蝶がよく描き分けられ、一読に値する。

歳を取り損ねた妙ちくりんな女の物書きたち、魑魅魍魎(ちみもうりょう)たる怪しさと毒気、それぞれに強烈な個性が見事に描出されている。

最後に、「詩人 吉原幸子 愛について」(平凡社、2023年6月刊)。私が20代初期入れ揚げた女流詩人、吉原幸子(さちこ、1932-2002)についての最新刊書で、手に取って狂喜した。

学生時代に凝った、女流と呼ばれた頃の恋愛詩人、吉原幸子。生前の美しい容姿満載のビジュアル書で、久々に彼女の恋うたを読んで、恋愛を謳歌していた20代に回帰、郷愁をそそられた。

大学時代、付き合っていた文学肌の男子学生に「吉原幸子の『鞭』、すごいから読んでみろ」と薦められたものだが、ハマってしまった。卒業後、新宿の公民館で開催された詩の教室に参加し、草野心平(1903-1988、吉原幸子が初期参加した「歴程」代表、吉原の師的存在)、吉原幸子の講義にも出席したほどだ。ショートカットでスリムな長身、「男装の麗人」との形容がぴったりの麗しの女人だった。

背が高くすらりと伸びた肢体にスタイリッシュなパンツスーツがよく似合い、長く白い指でたばこをつまみ出し、モスグリーンのライターで火をつける、優美な仕草に見惚れ、うっとり憧れの眼差しを注いだものだ。往時は現代の和泉式部(平安中期の歌人、978-没年不詳)と謳われた恋愛詩人、写真満載の同書で在りし日の吉原幸子に再会した。

私は20代半ばには小説に転向し、30代初めにインドに渡ったため、吉原幸子のその後については疎かったが、1983年、女流のための詩誌「現代詩ラ・メール」を創刊し(10周年で終刊)、自宅(東京都新宿区百人町)の2階を水族館と名付け、交流サロンとして開放した経緯などを今更ながらに知って、小説に転向せず、インドにも渡らなかったら、維持会員として参加してたろうなと口惜しかった。

なんて素敵なサロンだったことでしょう!東大仏文科出身で容姿にも恵まれた才色兼備の女流詩人(劇団四季の女優歴もあり、舞踏や劇の演出・脚本も)が晩年、アルツハイマー症を患ったことの皮肉・残酷さ、なぜあのように素敵な女(ひと)がと、歯ぎしりせずにはいられなかった。

ちなみに、彼女の恋愛詩は抽象的な観念詩で、一切の感情を排した硬質な叙情が魅力だ。吉原幸子のラブポエムを貪り、恋に夢中だったあの頃が懐かしい。

(「インド発コロナ観戦記」は、92回から「インドからの帰国記」にしています。インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からはインドからの「帰国記」として随時、掲載しています。

モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行している。編集注は筆者と関係ありません)。