銀座・和光で中里隆、太亀、健太の3代唐津焼展、森孝一トークも

【銀座新聞ニュース=2026年5月8日】国内時計業界第3位のセイコーホールディングス(中央区銀座1-26-1)グループの百貨店、和光(中央区銀座4-5-11、03-3562-2111)は5月9日から18日まで6階セイコーハウスホールで「中里隆・太亀・健太展ー暮らしを楽しむ器たち」を開く。

和光で5月9日から18日まで開かれる「中里隆・太亀・健太展ー暮らしを楽しむ器たち」に出品される中里隆さんの「黒釉大壺(こくゆう・おおつぼ)」。

佐賀県唐津の豊かな自然の中で土と炎に向き合い、確かな技と感性を受け継いできた「隆太窯(りゅうたがま)」(佐賀県唐津市見借4333-1、0955-74-3503)で作陶する唐津焼で重要無形文化財保持者(人間国宝)だった12代中里太郎右衛門(無庵、1895-1985)の5男、中里隆さん、その子息の中里太亀(たき)さん、その孫の中里健太さん親と子と孫の3人展を開く。

和光では隆さんの「伸びやかで自由な造形と品格ある佇まい」、太亀さんの「従来の技法と独自に発展させた技法を用いた、使い手に寄り添うような心地よさ」、健太さんの「伝統を踏まえながらも現代の暮らしに即した新たな感覚」とそれぞれの個性は異なりながらも、「唐津焼の本質に根ざした仕事として静かに響き合」うとしている。

「日々の食卓で使う楽しさを感じていただける器」から「手に取ることで作り手の想いが伝わる茶陶」、さらに大作の大鉢や花器まで三者三様の「今」がみられる。

美術評論家の森孝一さんは「中里隆さんの作品は、その人柄を映して魅力的です。その魅力は、毎日700個、同じ形の皿や碗を蹴ロクロで挽くという若き日の修練から生まれました。世界中のさまざまな場所で制作し、個展を開催するというのが中里隆スタイルです。俵形や提瓶(ていへい)、くわい形瓶などは従来の唐津焼にはなかったかたち」としている。

同じく出品される中里太亀さんの「粉引摺落叩き壺(こひき・すりおとし・たたきつぼ)」。

太亀さんは三島手の技法を参考に独自の表現を生み出しました。健太さんは未来への願いを託す器として経筒、そして日々を彩る皿、湯呑などを制作しています。経筒は花器としても、オブジェとしても素敵な作品です」としている。

中里隆さんは1937年佐賀県唐津市生まれ、人間国宝の12代中里太郎右衛門の5男、1961年に朝日新聞社主催の第10回現代日本陶芸展で第一席、1971年に東洋陶磁器研究家の小山冨士夫(1900-1975)の推薦により種子島へ渡島、西之表市古園に築窯し、熊野焼きを復興、1974年に種子島を引揚げ、唐津に帰郷し、唐津市見借(みるかし)に築窯「隆太窯」とし、1985年に日本陶磁協会主催の現代陶芸選抜展賞、1990年に北海道滝川にて青磁・白磁を作陶、1995年からアメリカ コロラド州スノーマスアンダーソンランチ・アートセンター、 デンマークのロイヤルコペンハーゲンなどで招請を受け、作陶し、2024年に日本陶磁協会賞、金賞を受賞している。

中里太亀さんは1965年佐賀県唐津市生まれ、大学卒業後、1988年から中里隆さんの下で焼きものを始め、1993年に柿傳ギャラリーで中里隆さん、奥三十郎さんと三人展、1994年に万葉洞みゆき店で中里隆さんと太亀さんの父子展、1995年に伊勢丹新宿店にて初個展、2006年に自身で登り窯を築窯、2019年にフランス・パリの「ENYAA(エンヤ)」にて個展(2025年も個展)を開いている。

同じく出品される中里健太さんの「緑釉径筒(りょくゆう・きょうづつ)」。

中里健太さんは1993年佐賀県唐津市生まれ、2011年にニュージーランドで1年間海外生活を送り、2015年に文化服装学院ファッション工科専門課程アパレルデザイン科メンズデザインコースを卒業、中里太亀さんの下で焼きものを始め、2019年に銀座新古美術万葉洞にて親子三代展、2021年に福岡県のギャラリートミナガで初個展、2023年に新宿の柿傳ギャラリーで個展(2024年、2025年も同会場で個展)を開いている。

9日14時から中里隆さん、中里太亀さん、中里健太さんと美術評論家で公益社団法人「日本陶磁協会」常任理事、都留文科大学非常勤講師の森孝一さんによるギャラリートークを開く。

森孝一さんは1951年愛知県名古屋市生まれ、雑誌「陶説」の編集のかたわら、美術評論家、エッセイストとして活躍。編著に『陶芸家になるには』(ぺりかん社)、『文士と骨董』(講談社)、『青山二郎の素顔』(里文出版)、『器の手帖』(宝島社)。2014年よりLIXILギャラリーやきもの展アドバイザー。

開場時間は11時から19時(最終日は17時)まで。入場は無料。期間中は休みなし。問い合わせは和光美術部(03-3562-2111)まで。