邦画の影響もありTV版未見も楽しめる新「スターウォーズ」(447)

【ケイシーの映画冗報=2026年6月4日】今回は「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」(2026年、Star Wars:The Mandalorian and Grogu/The Mandalorian and Grogu)です。銀河帝国が崩壊したものの、帝国の残党は銀河の各地に残って、復興の機会をうかがっていました。

5月22日から一般公開されている「スター・ウォーズ マンダロリアン・アンド・グローグー」((C)2026 Lucasfilm Ltd.&TM.All Rights Reserved.)。興行通信社の映画ランキングによると、5月22日から24日の初週でトップ10の1位にランクされ、29日から31日の2週目も1位で、累計の興行収入が観客動員が89万人、興行収入が15億円を超えている。

勝利した同盟軍も、その勢力は限定的で、賞金稼ぎに帝国勢力の追跡を依頼することも。同盟軍のウォード大佐(演じるのはシガニー・ウィーバー=Sigourney Weaver)に傭われた“マンドー”マンダロリアン/ディン・ジャリン(演じるのはペドロ・パスカル=Pedro Pascal)もそんな賞金稼ぎのひとりでした。厳しい掟にしたがい、武器を仕込んだがんじょうなスーツと飛行可能なジェット・パックを背負い、人前でヘルメットをはずすことのない、孤高の戦士でした。

そんなマンダロリアンには、小さな連れがいます。年齢的には50歳を超えているのに、長命な種族ということでことばを話せず、まだ幼児のようなグローグー。まだ、マンダロリアンの相棒の域には達していませんが、潜在的に協力なパワーを秘めた存在でした。旧帝国の有力な手がかりを求めて、マンダロリアンは、非合法組織のリーダーの息子であるロッタ・ザ・ハット(声の出演はジェレミー・アレン・ホワイト=Jeremy Allen White)に会いに行きます。

地下闘技場の戦士として、“自由”を謳歌していたロッタでしたが、その裏ではロッタの生命は風前の灯火でした。闘技場での抹殺が画策されていたのです。それを知ったマンダロリアンはロッタを助けるため、自身も闘技場で戦うことになるのでした。

1977年に1作目が劇場公開された「スター・ウォーズ」(Star Wars/SW)は、それまでいわば“傍流あつかい”であったSFという映画のジャンルを一気にメジャーへと引きあげました。映画だけではなく、映像分野全体でのSFブームを生み出しています。

50年前は若手の映画人の一人でしかなかったジョージ・ルーカス(George Lucas)監督によって生み出された「SW」は、視聴した経験がなくとも、“アイコン”的に理解できるマスター・ピースとなっていますし、長期のシリーズによって、「子どものころ」や「かつては夢中だった」という大人世代にも記憶されているのです。

「広く認知されている」ということは、一方で「(新作は)こうであってほしい」、あるいは「こうでなければならない」といった観客の要望にも応じなければなりません。作り手としてはかなりのプレッシャーだと想像しますが、本作の監督・脚本(共同)のジョン・ファヴロー(Jon Favreau、1966年生まれ)は、「約50年続くSWは、常に新作を出して、新しい世代を魅了してきた。長年のファンも、昔見たが離れていたという人も、全く初めてという人も、みんなが楽しめる新作だ」と自信を語ります。

ファブロー監督は、「マンダロリアン」(The Mandalorian)というテレビシリーズのストリーミング作品として、マンダロリアンとグローグーの世界を構築しており、本作の立ち位置は、世界観やキャラクターを造り上げてからの劇場用作品となっています。

過去のテレビシリーズを未見ということで不安があったのは事実ですが、ファブロー監督の言葉どおり、映画として「SW」を楽しんできた自分も、戸惑うことなく、楽しむことができました。

以前にも記したと記憶しているのですが、「SW」の世界はSFというジャンルでありながら、クラシックなピースが各所に存在します。1作目の「SW」において、アイディアの源泉が、黒澤明(1910-1988)監督の「隠し砦の三悪人」(1958年)であることは、監督であるルーカス自身が公言しており、本作でも、日本文化の影響をファブロー監督は認めています。

「ジョージ・ルーカスがインスパイアされた日本の文化や映画に、僕たちも影響を受けた。黒澤明など、偉大なフィルムメーカーを勉強した」「SWの世界にも「わびさび』がある。ストップモーションの手作り感があり、完壁ではないところだ。アンテイークなのかと思うような、宇宙船が油にまみれているような汚れた雰囲気が、現実味として画面に表れる」(いずれも、2026年5月29日付読売新聞夕刊)

グローグーのキャラクター表現についても、現代的なCG画像よりも、映画創世記の古典的なマペット(人形)や、コマ撮りによる動感を感じます。かつての「SW」のような、マンダロリアンも、多分に西部劇の“ガンマン/賞金稼ぎ”が基軸となっているはずです。そして対戦相手の両手には、日本産と思える武器が。シリーズ初見でも、充分に楽しめる逸品といえますね。次回は「スカーフェイス【4K版】」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。
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編集注:ウイキペディアによると、「スター・ウォーズ(Star Wars)」シリーズは、ジョージ・ルーカス(George Walton Lucas,Jr、1944年生まれ)の構想を中心にルーカスフィルムが制作するアメリカのスペースオペラで、1977年に第1作「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」(Star Wars:Episode4 A New Hope、監督はジョージ・ルーカス)が公開された。

映画が「エピソード1/ファントム・メナス」(Star Wars:Episode1 The Phantom Menace)からではなく「エピソード4」から制作されたのは、1作目が商業的に成果を収めないとシリーズ化が厳しくなり、さらに一番「冒険活劇」としての完成度の高かったのが「エピソード4」で、これを最初に映画化することが得策だったためとされている。

また、「エピソード1・2・3」の時代は、全銀河の首都である大都市惑星コルサントの描写や、銀河共和国と分離主義勢力の間で起こった大規模戦争であるクローン大戦の描写が必須にも関わらず、当時の映像技術と予算では映画化が不可能であったことも原因となっている。

1980年に第2作「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」(Star Wars:Episode 5 The Empire Strikes Back、監督はアーヴィン・カーシュナー=Irvin Kershner、1923-2010)、1983年に第3作「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」(Star Wars:Episode6 Return of the Jedi、監督はリチャード・マーカンド=Richard Marquand、1937-1987)で、この3作は「オリジナル・トリロジー(旧三部作)」と呼ばれている。

続いて、「プリクエル・トリロジー(新三部作)」が制作され、監督はいずれもジョージ・ルーカスで、1999年に4作目「スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス」、(Star Wars: EpisodeIーThe Phantom Menace)、2002年に5作目「スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃」(Star Wars: Episode2 Attack of the Clones)、2005年に6作目「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」(Star Wars:Episode3 Revenge of the Sith)が公開された。これにより、エピソード1から6までが完成した。

新たな3部作は「シークエル・トリロジー(続三部作)」とされ、ウォルト・ディズニー・カンパニーがルーカスフィルム買収後に制作した、初の「スター・ウォーズ」シリーズの映画化である。

2015年に第7作目「スター・ウォーズ/フォースの覚醒(エピソード7)」(Star Wars:The Force Awakens、監督はJ・J・エイブラムス=Jeffrey Jacob Abrams、1966年生まれ)は「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」から30年後の姿を描いており、レイ(デイジー・リドリー=Daisy Ridley)の物語となっている。

2017年に第8作目、続三部作(シークエル・トリロジー)の2作目にあたる「スター・ウォーズ/最後のジェダイ(エピソード8)」(Star Wars:The Last Jedi、監督はライアン・ジョンソン=Rian Craig Johnson、1973年生まれ)が公開され、2019年に続三部作(シークエル・トリロジー)の3作目にあたる「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」(Star Wars:The Rise Of Skywalker、監督はJ・J・エイブラムス)が公開された。

「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」は映画「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」のその後の世界を舞台にした実写テレビドラマシリーズ「マンダロリアン」の劇場版で、シーズン3の続編になる。