小ぶりのはりまや橋に驚くも高知城は壮観、明石大橋に感激(182-3)

【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2026年7月21日】4月16日に香川県高松市に入り、小豆島を巡って、高松市に1泊後、徳島県に向かい、街中を3時間程周遊したあと、高知県に夕刻、到着し、ゲストハウスで若いお遍路さんと遭遇したところまで述べた。

高知の桂浜を見下ろす丘の上には、坂本龍馬の巨大な像が立っていた。

18日朝は高知観光で、まず駅からバス(どさんこ交通)で40分ほどの桂浜に向かった。高知のシンボル的名士、坂本龍馬(1836-1867)像があることで知られている。丘の上に立つ巨大な龍馬像(13.5メートル、1928年建立)は、和服に懐手、ブーツ姿で威風堂々、眼下の桂浜を見下ろしていた(龍馬の視線はまだ見ぬ新しい世界を切り拓くように、太平洋の彼方に注がれているといわれている)。が、下に降りてみると、海自体はあまりきれいではなく、今ひとつだった。

市街地に戻り、はりまや橋(脚注1参照)を見学、朱塗りの欄干の反り橋はこぶりだったが(江戸から明治期にかけての木橋は1998年に再現)、橋の下に川はなく(堀川は1958年代以降埋め立てられ、人口のせせらぎを再現)、散策路が整備されていた(親水公園)。

はりまや橋は高知の名所で、よさこい節のフレーズや、僧侶、純信(1819-1888)とお馬(大野馬、1837-1903)の悲恋でも有名で(脚注2参照)、2人の白い銅像も近くにあったが、橋がちゃちすぎてがっかりする旅行者も多いとか。

その後、駅に一直線に向かう大通りを歩いて、途中で椰子の並木がそびえるはりまや通りを左折すると、突き当たりが高知城(脚注3参照)へと登る坂道に繋がっていた。椰子がエキゾチックで、吸い寄せられるように左に折れてずんずん前に進んでいくと、案配よく高知城が現れたのである。

現存12天守のひとつとして名高い高知城は壮観、小高い山(大高坂山44.4メートル)の上から見下ろす市街と相まって、一見の価値はあった。山全体が高知公園として整備されているので、周辺散策も楽しい。

街中にある高知の名所、はりまや橋。丹塗りの太鼓橋の下に川はなく、せせらぎが再現され、親水公園として整備されているが、「日本三大がっかり名所」のひとつという不名誉さは、橋のちゃちさゆえか。

高知駅に着いて、岡山県行きの高速バスのチケットを買い(15時30分発、4400円)、まだ時間があったので、日本最古(1904年)の路面電車、レトロな「とさでん」に試し乗り、鏡川にかかる潮江橋まで行き、周辺をぶらついてから、また駅まで戻ってきた。

岡山県への途上の車窓に開ける景色がすごかった。かの有名な瀬戸大橋(脚注4参照)を通過したし、ブラジリアンパーク鷲羽山(わしゅうざん)ハイランドという途中停車場(倉敷市大畠の瀬戸中央自動道)に行く途上、湾内に小島が点在する、あっと息を呑む絶景、大パノラマが眼前に開け、思わず車窓に釘付けになった。

残念ながら今回は見逃す羽目になったが、次は必見と自分に言い聞かせた。秋頃に山陰の旅を計画しているので、愛媛県や岡山県の鷲羽山もそのついでに立ち寄れそうだ。

18時前に岡山駅に着き、地下道を直進して徒歩10分、表に出てイオンモール岡山のある大通りを渡った裏路地に建つ岡山駅ユニバーサルホテルは、4950円と格安にもかかわらず、全食付きで(夕食は美味なさば味噌煮定食、味噌汁・サラダ食べ放題)、ビジネスホテル並みに室内の設備も整い、大風呂もあり、感激した。この旅中ベストのホテルだった。

19日、バイキングの和洋朝食を済ませたあとチェックアウトし、倉敷市に向かった。2年ほど前に息子と訪ねたが、時間がなくてゆっくり見れなかったのである。

今回は、川のほとりに開ける風情ある江戸情緒の旧家街(美観地区)をじっくり見学、埋め合わせは充分できた。

全国で唯一、本丸御殿のすべての建物群が現存する高知城。坂道を上がった小山の上に威風堂々と聳え、天守閣からは美しい市街が一望のもとに見下ろせる。

お昼過ぎに、普通列車で明石駅に向かい(倉敷市から4050円、2時間30分)、南口から徒歩10分の明石港から出るフェリー(淡路ジェノバライン片道700円、13分)で淡路島に渡った。

「道の駅あわじ」まで徒歩30分、裏の広大な芝ガーデンに出ると、明石海峡大橋(脚注6参照)が頭上に仰げ、船からも望めたが、改めてその威容に感激、青く輝く春の海との対照が壮麗だった。道の駅では土産に、淡路特産の生乳、まろやかでコクと甘みのあるミルクを使ったショコラを買った。

明石駅に戻り、大阪市に着いたのが20時30分過ぎ、夜行バスの出発まで2時間余り、駅周辺は手頃なコーヒーチェーンがなく、ぶらぶら歩いて時間つぶし、プラザモータープールという梅田の巨大駐車場から、金沢行き(22時40分発ブルーライナー、3500円)に乗り込み、3泊4日のハードな四国巡りを終えた。

〇脚注
1.はりまや橋
江戸時代、商人の播磨屋と櫃屋(ひつや)が往来のために架けた私設の橋がルーツ。現在の丹塗りの橋は1998年に観光用に再現されたもので、すぐそばには復元された明治時代の石橋も残されている。

2.純信・お馬の悲恋
純信は五台山竹林寺の僧侶(当時37歳前後)、お馬は髪の美しい17歳ほどの少女だった。当時は僧侶の恋愛や妻帯は厳しく禁止されていたが、純信がお馬のためにはりまや橋の袂の店で「かんざし」を買ったことが噂になり、よさこい節の一節が生まれた。噂によって引き離されそうになった2人は、1855(安政2)年に駆け落ちを敢行するも、現在の愛媛県四国中央市(旧川之江市)付近で捕らえられ、土佐から追放されるという悲しい結末を迎えた。

淡路島の道の駅あわじにある裏の芝ガーデンから仰ぐ明石海峡大橋。全長3911mの世界最大級の吊り橋は壮観だった。

3.高知城
江戸時代の歴史を今に伝える貴重な城郭で、日本に12カ所しか残っていない「現存12天守」の一つである。初代土佐藩主の山内一豊(1545-1605)によって1601(慶長)年に着工され、その後、大火による焼失を経て1753(宝暦3)年に創建当時の姿のまま美しく再建された。天守を含めた15棟の建造物が国の重要文化財に指定されている。天守と本丸御殿(懐徳館)の両方が当時のまま残っているのは全国で高知城のみ。

4.瀬戸大橋
本州の岡山県倉敷市と四国の香川県坂出市を結ぶ、10の橋(海峡部6橋、高架橋4橋)の総称。道路と鉄道が同じ橋を通る「併用橋」としては世界最大級の規模を誇り、1988(昭和63)年4月10日に全線開通した。

5.明石海峡大橋
淡路島と本州(兵庫県神戸市)を結ぶ「明石海峡大橋」は、全長3911メートルの世界最大級の吊り橋。真珠を連ねたような美しいライトアップから「パールブリッジ」の愛称でも親しまれる。

(「インド発コロナ観戦記」は、92回から「インドからの帰国記」にしています。インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からはインドからの「帰国記」として随時、掲載しています。

モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行している。編集注は筆者と関係ありません)。