作家の飽くなき承認欲求、直木賞欲しい病に憑かれて(183)

(今回は乱読ライブラリー編です)
【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2026年8月11日】2026年の本屋大賞3位に輝いた村山由佳(1964年生まれ)の「PRIZE-プライズ」(文藝春秋、2025年1月)を読んだ。図書館で予約しながらも、順番待ちだったのがようやく届いたのだ。

直木賞選考を巡る舞台幕が興味深い、村山由佳の小説「PRIZ-プライズ」(文藝春秋、2025年)。

主人公は、ベストセラーを連発する人気作家・天羽(あまう)カインだが、直木賞には落選し続け、獲りたいあまり妄執(もうしゅう)に取り憑かれる。

村山由佳自身、1993年に「天使の卵-エンジェルズ・エッグ」(集英社、1994年1月)でデビュー(小説すばる新人賞を受賞)してから、2003年に「星々の船」(文藝春秋、2003年2月)で直木賞を受賞するまで10年かかっており、自己体験が元になった作品のようだ。

若い担当編集者、緒沢千紘が、天羽の軽井沢の自宅に泊まり込みで額付き合わせてゲラ推敲、今度こそと連帯して直木賞を狙う。しかし、結末は意外な展開を迎える。直木賞受賞の報を電話で受けながら、辞退に追い込まれる天羽、なぜそうなったのかは、本書を読んでほしい。

編集者との関係もべったりではなく、距離が必要と思わされるどんでん返しだが、最終的にはちゃんと別の形で承認欲求は満たされるのである。

直木賞選考の舞台裏もつぶさに書かれ、編集者との濃密な関係、その一方での相克、出版界の裏側が赤裸々に暴かれ、興をそそる。惜しむらくは、直木賞を獲る設定の作中小説(一部展開)がお粗末なこと。「こんなんじゃ獲れないでしょ」と突っ込みたくなってしまった。

それにしても、プロの作家の並外れた承認欲求には恐れ入った。私も承認欲求は強い方だが、そんなもんじゃない、作家歴33年にしていまだ欲求が衰えぬ村山由佳自身が反映された主人公の鬼気迫る狂熱ぶりには圧倒された。

プロの小説家の作品に賭ける意気込みや情熱、次作への不断の向上心、良作を生み出すために担当編集者と一体化しての共同作業、小説作法の金言も随所にちりばめられ、示唆されるところも多かった。

1973年から筑摩書房により刊行された「現代日本文学大系」全97巻中第92巻(24作収録)。当時は現代文学の題で違和感はなかったが、令和の今では近代文学と言った方が妥当だろう。

初期の恋愛小説に比べると、格段に腕を上げたなという感じで、化けも化けたり、描写力の見事さにも唸らされた。

なお、村山由佳には、吉川英治文学賞受賞の伊藤野枝(のえ、1895-1923、明治期の女性解放活動家、配偶者はアナーキストの大杉栄=1885-1923)の伝記小説「風よあらしよ」(集英社、2020年9月)もあり、こちらも力作でおすすめだ。

〇近代文学・推奨作
●「蝗」(いなご、1964年発表)田村泰次郎(1911-1983)著
太平洋戦争下、中国の奥地の前線地における朝鮮人慰安婦に対する日本兵の生々しい欲望を赤裸々に暴いた戦争文学。荒野を一瞬にして食い尽くし無目的に移動するいなごの大群と、無謀な破壊行為へと突き進む日本軍を重ね合わせた描写が秀逸だ。

●「幼児狩」(1961年)河野多恵子(1926-2015)著
今なら炎上間違いなし、幼児虐待のやばい小説。

●「野狐」(やこ、1949年)田中秀光(1913-1949)著
あばずれ女の剥き出しの生態、みっともない酔態を晒した、破滅型文学。

●「アメリカンスクール」(1954年芥川賞受賞作)小島信夫(1915-2006)著
占領下の日本でアメリカンスクールに視察に行く英語教師の、敗戦国である卑屈さや、貧弱な英語を黒人米兵と交わすことへの恐怖など、ペーソスのこもった佳品(「筑摩現代文学体系77」=1976年に収録)。

●「魔に憑かれて」(1957年)北原武夫(1907-1973)著
肉欲に溺れる女優の罪悪感、女性心理が愛人の観点から克明に綴られた官能小説。著者の配偶者は最初は宇野千代(1897-1996、1939年に結婚、1964年に離婚)、1965年に女優、声優の公卿敬子(1935年生まれ)と再婚。

以上は「現代日本文学体系」全97巻中92巻(筑摩書房、1973年)に掲載。

(「乱読ライブラリー」はインドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からはインドからの「帰国記」として随時、掲載しています。

モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行している。編集注は筆者と関係ありません)。