丸善丸の内でゼンリン博物館展、大航海時代の日本図や伊能図等

【銀座新聞ニュース=2026年9月13日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ内、03-5288-8881)は9月16日から22日まで4階ギャラリーで「歴史を映し出す地図の博物館 ゼンリンミュージアム『特別展示』」を開く。

丸善・丸の内本店で9月16日から22日まで開かれる「歴史を映し出す地図の博物館 ゼンリンミュージアム『特別展示』」のフライヤー。

「歴史を映し出す地図の博物館」ゼンリンミュージアム(福岡県北九州市福岡県北九州市小倉北区室町1-1-1、リバーウォーク北九州、093-592-9082)が初めて東京で展示会を開く。今回は時代ごとに姿を変えてきた日本の“街道”に注目しながら、当時のミュージアムの常設展から選んだ古地図と、5月16日から9月6日までゼンリンミュージアムで開かれた企画展「街道ー地図に刻まれた歴史の道しるべ」の主要な展示品、大航海時代の西洋製日本地図や伊能図、江戸時代の五街道に関する地図など計27点を展示する。

大航海時代や江戸時代につくられた地図を通じて、時代の記憶や人々の営みに触れ、地図が伝える歴史の魅力を感じられるとしている。

また、ゼンリンミュージアムオリジナルグッズも販売する。古地図をデザインした本革製キーリングやトートバッグなど、ゼンリンミュージアム公式のオリジナルグッズを出品する。このほか、日本橋を起点とする江戸時代の五街道に関する地図も展示する。

ウイキペディアによると、「大航海時代」とは15世紀半ばから17世紀半ばまでのヨーロッパ人、とくにポルトガルとスペインによるアフリカ、アジア、アメリカ大陸への大規模な航海が行われた時代を指す。ただし、アジア側から見たときに既存の交易にヨーロッパ人が加わったに過ぎないことから、2020年ごろから「大交易時代」が使われている。

また、「大航海時代」という名称を使ったのが歴史学者の増田義郎(よしお、1928-2016)で、大航海時代の始まりは、1415年におけるポルトガルのセウタ(Ceuta、アフリカ大陸北岸に位置する)攻略で、終わりの年は、三十年戦争(主にドイツ(神聖ローマ帝国)で1618年から1648年まで行なわれた宗教的・政治的諸戦争の総称)が終結し、ロシア人の探検家セミョン・デジニョフ(Semyon Ivanovich Dezhnev、1605頃-1673)がチュクチ半島(Chukchi Peninsula、アジアの北東の極地、ユーラシア大陸の最東端の半島)のデジニョフ岬(mys Dezhnjova)に到達した1648年とした。

丸善・丸の内本店で開かれる「ゼンリンミュージアム『特別展示』」に出品される日本図。
「ブランクス・モレイラ『日本図』(1617年)はポルトガルの地図製作者、地理学者のイグナシオ・モレイラ(Ignacio Moreira、1538-没年不詳)が制作した日本図。本図は、モレイラの図を基にして、フランスの版画家、クリストフォロス・ブランクス(Christophorus Blancus、生没年不詳)が1617年に銅版画で試し刷りしたもので、この印刷地図は世界で1点しか見つかっていないという。オランダの東洋学者、地図学者、言語学者のアドリアン・レーラント(Adriaan Reland、1676-1718)が1715年にユトレヒトで刊行した「日本帝国図」(1715年)。江戸時代中期の本屋、出版人の吉文字屋市兵衛(1721-1793)の「大日本道中工程細見記大全」(1795年)。戯作者で地図製作者の葎窓貞雅(りっそう・さだまさ、河合貞雅、生没年不詳)の「大日本海陸輿地全図」(1871年)。

「伊能図」とは伊能忠敬(いのう・ただたか、1745-1818)が中心となって作成した「大日本沿海輿地全図(だいにほん・えんかい・よちぜんず、「輿地」とは大地(地球)もしくは「世界」を指す)」で、1821年(文政4年)に完成した。伊能忠敬が1800(寛政12)年から1817(文化13)年にかけて江戸幕府の事業として測量・作成が行われた。幕府の許可を得た伊能忠敬は1800(寛政12)年に第1次測量として蝦夷地および東北・北関東の測量を開始した。

各地の測量には幕府の許可を要したが、幕府は測量を許可したばかりか全国各藩に伊能忠敬への協力を命じた。これは、その時点で西洋列強の艦船が頻繁に日本近海に現れるようになっており、国防上の観点から幕府も全国沿岸地図を必要とし、伊能忠敬の事業を有益と判断したためである。

蝦夷地測量の翌年の1801(享和元)年に本州東海岸、東北西海岸、東海・北陸地方沿岸の測量を完了、1804(文化元)年には、それまでの測量の結果をいったんまとめ、東日本の地図を幕府に提出、第11代将軍の徳川家斉(いえなり、1787-1837)の上覧に供した。その後、伊能忠敬は正式に幕府天文方の役人として雇用され、1805(文化2)年の第5次測量からは、幕府直轄事業として行われた。

伊能忠敬らは1816(文化13)年の第10次測量まで(第9次測量のみ伊能忠敬は不参加)日本全土を測量した。伊能忠敬は1818(文化15)年に完成を待たずに死去するが、師・高橋至時(よしとき、1764-1804)の子である高橋景保(かげやす、1785-1829)が仕上げ作業を監督し、1821(文政4)年に「大日本沿海輿地全図」が完成した。

「江戸時代の五街道」とは江戸時代(1603年から1868年)の江戸・日本橋を起点に伸びる東海道、中山道、日光道中、奥州道中、甲州道中の5つを指した陸上幹線道で、1601(慶長6)年に徳川家康(1543-1616)が全国支配のために江戸と各地を結ぶ5つの街道を整備し始め、2代将軍の徳川秀忠(1579-1632)の代になって基幹街道に定められた。

徳川家康は1601(慶長6)年以降に政治支配力を強めるために、道路制度の改革と整備に乗り出し、朱印状によって各宿場に伝馬の常備を義務付け、道幅を広げて宿場を整備し、一里塚(約4キロ)を設けるなどの街道の整備を進め、砂利や砂を敷いて路面を固めたり、銀杏木を植えるなどが行われた。

1604(慶長9)年に日本橋を5街道の起点とし、幕府安泰のために江戸を防衛することを目的として、街道の要所に関所を置いて通行人を取り締まった。徳川秀忠は、政治的・軍事的に重要な5街道を幕府直轄とし、一里ごとに一里塚を築いて、街道沿いに銀杏並木を植えることを命じた。街道は、東海道、日光街道(日光道中)、奥州街道(奥州道中)、中山道、甲州街道(甲州道中)の順に整備され、1659(万治2)年以降は新たに設置された道中奉行の管轄に置かれた。5街道の正式名称が定められたのは1716(享保元)年である

ゼンリン(本社・福岡県北九州市戸畑区中原新町3-1、093-882-9050、東京本社・千代田区神田淡路町2-101、ワテラスタワー、03-5295-9050)は大迫正冨(1921-1980)が、1948年4月に別府市で友人と創業した「観光文化宣伝社」を前身とし、この年を創業としている。別府市内で宣伝や観光案内などの事業を行い、大迫正冨は専務として出版部門を担当し、1949年に独立して、「華交観光協会」を設立、観光客向けに名所旧跡を紹介する小冊子「年刊別府」を制作した。

この中で巻末付録であった詳細な市街地図が土地勘のない観光客の間で好評で、地図への掲載要望が相次いだ。これに手応えを感じた大迫正冨は、1950年に社名を「善隣出版社」と改め、2冊目となる「観光別府」を制作、付録の地図情報が一層充実し、住宅地図に近いものとなった。これら2冊の成功を受け、1952年6月に「別府市住宅案内図」を販売、江戸時代の古地図や戦前の町内案内図などから着想を得て、一軒一軒の建物の情報が記載された地図は、商店や官公庁など各方面で評価され、発行地域を広げた。

1954年3月に福岡県小倉市下到津(現在の北九州市小倉北区)へ移転し、「住宅案内図」の名称を「住宅地図」に改め、以降、住宅地図の発行エリアを順次拡大し、1980年には47都道府県すべてにおいて住宅地図の発行を開始した。2018年現在に至るまで、住宅地図を全国展開しているのはゼンリンが唯一となっている。

1952年に大分県別府市で住宅地図の発行を始めてから29年目で全国制覇したが、同年5月に創業者の大迫正冨が社長のまま59歳で病没、後任には大迫正冨の長男、大迫忍(1945-2005)が就いた。2017年に東京都の島しょ部7村(利島村、新島村、神津島村、三宅村、御蔵島村、青ヶ島村、小笠原村)の住宅地図帳を、創業記念日である6月16日に初めて刊行し、北方4島および島根県隠岐郡隠岐の島町の一部(竹島)をのぞく日本全国すべての市区町村(1741市区町村)の住宅地図データの整備が完了した。

1980年代に入ると大迫忍社長の主導により、他社に先駆けて地図のデータベース化に着手、1984年に日立製作所と「住宅地図情報利用システム」を開発、これにより出版物だけでなく地図データの販売も可能となり、1988年にはCD-ROMに地図データを収録した「Zmap電子地図」を販売した。1990年には、GPSに対応した世界初のカーナビゲーションシステムを三菱電機と開発し、マツダの乗用車「ユーノス・コスモ」(1990年から1996年)に搭載された。

1994年9月に福岡証券取引所に、1996年9月に東証・大証各2部に上場した。地方の地図出版社であったゼンリンをデジタル化の推進によって国内最大手の地図情報会社へと飛躍させた2代目の大迫忍は「年を取ると老害になる。55歳で引退する」として2001年をもって20年間務めた社長を勇退、「同族経営は弊害を生む」として同族企業から脱却させ、後任には創業家以外から原田康さん(1950年生まれ)が就任した。原田康さんも2008年に退任し、2008年に高山善司(1962年生まれ)さんが社長に就任した。

ゼンリンミュージアムは北九州市に本社を置く地図会社ゼンリンが手がける展示施設で、2020年6月に「地図文化の継承と振興」を目的に開館した。常設展では「歴史を映し出す地図の紹介」をコンセプトに、西洋製・日本製の日本地図を中心とした約120点の地図や資料を展示し、それぞれの地図が作られた時代背景や作り手の思いとともに、地図の新たな魅力を発信している。2025年6月には、開館5周年で常設展示のリニューアルを実施した。2025年9月には所蔵する「實測輿地圖(伊能小図)」が重要文化財に指定されている。

会期中、毎日14時から30分間、学芸員によるガイドツアーを開く。

開場時間は9時から21時(最終日は15時)まで。