【ケイシーの映画冗報=2026年9月10日】今回は「ラスト・サバイバー」(2026年、原題はThe Dog Stars)です。世界規模のパンデミックによって人類の文明は崩壊、少数の生存者が残された資源に頼って生き延びている近未来。小型飛行機をあやつり、過去の物資を見つけて生活しているヒッグ(演じるのはジェイコブ・エロルディ=Jacob Elordi)は、愛犬と亡き妻の想い出、そしてシニカルだが頼りになる元軍人のバングリー(演じるのはジョシュ・ブローリン=Josh Brolin)と暮らしながら、日々を過ごしていました。
ときおり、無線で流れる「グランドジャンクション」という地名と女性の声に、文明と希望を感じていたヒッグは、愛犬の死をきっかけに、バングリーにそこへ向かうことを提案しますが拒否され、ひとりで飛び立ちます。
飛行中に、エンジンの故障で不時着を余儀なくされたヒッグは、研修医だったシーマ(演じるのはマーガレット・クアリー=Margaret Qualley)とジャック(演じるのはガイ・ピアース=Guy Pearce)という父娘と知り合います。よそ者であるヒッグを警戒していたジャックでしたが、次第にうちとけ、3人で飛行機と滑走路を整え、ふたたび飛び立てるようにします。
そこへ、蛮性に支配された暴力的な一団が迫り、ヒッグとシーマ、ジャックは飛行機に駆け込み、飛び立って難を逃れ、無線での交信に成功して、「グランドジャンクソン」飛行場に降り立つのでした。
豊富な電力にめぐまれ、豪華な歓待を受けたヒッグたちでしたが、この地には恐ろしい裏面が隠されており、飛来した人々を単なる“資源”と認識していたのです。
さまざまな要素でネガティブな世界観をえがくディストビア作品は、映画だけでなく、小説やコミックなどでもひとつのジャンルとなっています。文明社会が肥大化し、極端な管理、統制社会というものと、文明が崩壊することによって前時代的な暴力が支配するという世界観が大きな潮流ですが、“ないまぜ”となった作品もありますので、融通が利く設定ともいえるはずです。
監督であるリドリー・スコット(Ridley Scott)は長編映画1作目の「デュエリスト/決闘者」(The Duellists、1977年)で映画監督としてデビューしてからおよそ50年、映画界の第一線で活躍を続けています。SF映画の「エイリアン」(Alien、1979年)や「ブレードランナー」(Blade Runner、1982年)、大阪での大規模なロケや日本人キャストが話題となった刑事アクション「ブラック・レイン」(Black Rain、1989年)、古代ローマ帝国を描き、アカデミー作品賞を受賞した「グラディエーター」(Gladiator、2000年)、ベトナム戦争のあと、アメリカ軍が最悪の損害を受けたソマリア内戦の作戦を活写した戦争映画の「ブラックホーク・ダウン」(Black Hawk Down、2001年)など、作品ジャンルは多岐にわたり、その多くが後世の映像作品に強い影響をあたえています。
近作であり、本項でもとりあげた歴史大作「ナポレオン」(Napoleon、2023年)のような大作指向と見られがちなスコット監督ですが、個人的には、主要な登場人物を3人に絞りこみ、小気味のよいストーリー展開とインパクトのあるエンディングが魅力的な「マッチスティック・メン」(Matchstick Men、2003年)が気に入っています。
本作も人類の多数が死滅し、工業製品は「過去の遺物を見つけ出して活用する」という、「さびれた未来世界」が、その一方で物質文明の崩壊により、自然界が急速に復活しているという、アイロニーに満ちた映像が観客を惹きつけます。ヒッグが星空に想いを馳せるのも、大気が浄化されていることを表現しているのでしょう。
原題の「The Dog Stars」は一等星「シリウス(おおいぬ座)」を意味し、家族を喪いながら、希望を抱き続ける主人公ヒッグのイメージの投影だと想像できます。
こうしたアイロニーは、情景だけではありません。ヒッグを襲ってくる蛮人の集団は、映像的なディテールは抑えられ、“得体の知れない危険な集団”という描かれ方となっています。その一方で、煌々(こうこう)と灯りがともり、過去の文明を謳歌している「グランドジャンクション」の人々が、知性と品性をよそおい、恐ろしい欲望を糊塗しているように、強めのコントラストも印象に残ります。
とはいえ、工業製品が生産されない状況で、クラシックなプロペラ機を、たった一人で飛ばし続けるというのは、現実にはむずかしいでしょうし、リアりティという面では、気になるディテールも散見されます。
パンデミックから10年ほどで、作中のように、あそこまで人類が“野蛮化”するというのも、先鋭化が強めですが、過酷な世界で生き残った人々という、世界設定を活かすための許容範囲なのだと感じます。現実に固執して作品の良さを減じてしまうのは本末転倒ですから。次回は「オデュッセイア」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。
