広島TAUで三次市がPRイベント、ピオーネやサメ刺身販売等

【銀座新聞ニュース=2018年8月30日】広島県(広島県広島市中区基町10-52、082-228-2111)は9月1日、2日に、アンテナショップ「TAU」(中央区銀座1-6-10、銀座上一ビルディング、03-5579-9952)1階特設コーナーで「DISCOVER MIYOSHI 観光物産フェア」を開く。

9月1日、2日に「たう(TAU)」で開かれる「ディスカバー・ミヨシ(DISCOVER MIYOSHI)観光物産フェア」で販売される三次ピオーネ。

三次市(みよしし)の特産品のPRと三次ピオーネ、ワニ(サメ)の刺身、三良坂(みらさか)フロマージュのチーズなどの販売をはじめ、三次のワイン、日本酒「瑞冠」と「美和桜」の試飲販売、2019年開館予定の「日本妖怪博物館」のPRも兼ねてカープ物怪坊やグッズなども販売する。

「三次ピオーネ」は広島が誇る秋の味覚で、「黒い真珠」ともいわれるぶどうで、鮮魚コーナーでは、山間部の郷土の味「ワニ」を限定販売する。「ワニ」とはサメのことで、三次地方では古くからワニを食べる習慣があり、傷みにくいワニは山間部で食べられる貴重な魚として重宝されてきた。

日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)は広島県に古くから伝わる「妖怪」で町おこしをするために、2017年10月に建設に着手し、2019年春に開業する。

同じく販売されるワニ(サメ)の刺身。

ウイキペディアによると、三次市は広島県北部に位置する、広島県北部の中心都市で、2004年に周辺6町村が合併して誕生し、人口は1970年におそよ6万6000人いたが、2015年にはおよそ5万4000人にまで減少している。

古代には吉備国の一部で、7世紀後半に吉備国が分割されると備後国に属し、現在の三次市の一部領域は安芸国に含まれた。室町時代には山名氏の領地となり、戦国時代は尼子氏と大内氏の間で戦闘が続いたが、16世紀後半に毛利氏の支配下に入った。1600年の関ヶ原の戦い後に、領主が福島正則(ふくしま・まさのり、1561-1624)に変更され、現在の三次市域は「広島藩」の領地となった。

1619年に福島正則が改易され、浅野長晟(あさの・ながあきら、1586-1632)が新たな領主となり、以後、明治維新まで浅野氏の支配が続いた。1632年に浅野長晟の子、浅野長治(あさの・ながはる、1614-1675)により、広島藩の支藩として三次藩(三次浅野藩)が立藩したが、1720年に三次藩は廃藩となり、領域は広島藩領に復した。

1872年の廃藩置県により広島県の一部となり、1889年4月1日に町村制の施行により、三谿郡(みたにぐん)と三次郡が成立し、1898年10月1日に三谿郡と三次郡が合併して「双三郡(ふたみぐん)」が成立し(三次町、他に17村)、1917年5月1日に双三郡内に「十日市町」、10月1日に「吉舎町」、1921年6月1日に「三良坂町」が成立し、戦後まで双三郡内には4町が存在した。

1954年3月31日に「三次市(初代)」が成立し、1955年3月31日に「三和町」が成立した。1972年に夏の長雨による水害(いわゆる47水害)により江の川の堤防が決壊、市内中心部のほぼ全域が冠水した。2004年4月1日に三次市(初代)、双三郡君田村、布野村、作木村、吉舎町、三良坂町、三和町、甲奴郡甲奴町の1市4町3村の合計8市町村が新設合併して新「三次市」となり、双三郡は消滅した。

1日14時30分から16時と18時から20時に「トモエ(TOMOE)ワインを楽しむ会」を開く。「広島三次ワイナリー」(広島県三次市東酒屋町445-3)の醸造長の太田直幸(おおた・なおゆき)さんが登場して、参加者に三次ならではの食材を使用した料理とワインとを合わせて味わってもらい、広島三次ワイナリーのワインを説明する。

定員は14時30分からが30人、参加費が3000円、18時からは20人で5000円。希望者は「メリ・プリンチペッサ(MERI Principessa)」(03-5524-5560)に電話で申し込む。
時間は10時30分から20時まで。また、会場では、7月に発生した豪雨災害復興支援のため、来場者に募金への協力を呼び掛ける。