製作者の思いと監督の娯楽性重視が合致した新「沈黙の艦隊」(430)

【ケイシーの映画冗報=2025年10月9日】今回は「沈黙の艦隊 北極海大海戦」です。日米両政府の極秘プロジェクトによって完成した日本初の原子力潜水艦「シーバット」は艦長の海江田(演じるのは大沢たかお)が両国政府からの独立を宣言し「やまと」と自称する独立戦闘国家として、独自で行動するようになります。

9月26日から一般公開されている「沈黙の艦隊 北極海大海戦」((C)かわぐちかいじ/講談社(C)2025 Amazon Content Services LLC OR ITS AFFILIATES. All Rights Reserved.)。、映画ランキングで9月26日からの初週3日間で3位、10月3日から5日の第2週でも4位と健闘し、5日までの累計成績は動員46万人、興収6億円超。また、第1作から日本映画では初めて「Amazon(アマゾン)スタジオ」で製作され、Amazon Prime Video(アマゾン・プライム・ビデオ)から配信された「Amazon Original ドラマ」版はPrime Videoで配信された実写作品の国内視聴者数歴代1位を記録した。

海上自衛隊の追撃を振り切り、アメリカの第7艦隊を無力化させた「やまと」はニューヨークへの入港を宣言します。「やまと」を核兵器を持ったテロリストとして撃沈を指示したアメリカ大統領ベネット(演じるのはリック・アムスバリー=Rick Amsbury)との直接対話をおこなうためですが、アメリカ海軍は全力をあげて「やまと」の阻止にあたるのでした。

また、日本では首相である竹上(演じるのは笹野高史)が「やまと」と海江田を日本国政府として支持することを表明、国論を二分にしたことから衆議院を解散させ、総選挙で国民に信を問うことを表明し、日本でも政治の戦いが展開されることになるのでした。

北極の海中で展開される「やまと」とアメリカ海軍の原子力潜水艦の息詰まる攻防戦。その一方、平和な日本で展開される、政治の戦い=選挙戦の行方。国家と国民、軍事力と政治力の対決はどんな決着をみるのでしょうか。

1988年から1996年まで週刊誌「モーニング」(講談社)で連載された、かわぐちかいじ原作のコミック「沈黙の艦隊」は、それまであまり取り上げられることのなかった、「現代の潜水艦の戦い」という専門的なテーマに正面から向き合ったというだけでなく、「国際情勢の変化」や「戦争と平和」といった情勢が、そのまま現実でも発生したことでも、話題となりました。

冷戦の終結とソ連邦の崩壊(1991年)、湾岸危機や湾岸戦争(1990年から1991年)といった、世界情勢の大きな変化と合致、あるいは先取りしたかのようなストーリーは、意図したものではなかったかもしれませんが、現実に先行するかたちとなったのです。

2023年9月に公開された映画「沈黙の艦隊」は「シーバット」が海江田艦長の指揮下で「やまと」となり、海江田の深い洞察力と冷静な判断力、それを信頼する乗組員の能力が駆使され、「独立戦闘国家やまと」が成立する過程が描かれました。

シリーズはその後、ネット配信でのドラマへと移行し、今回の映画作品へとつながっていくので、ドラマを未見だったことから、すこし不安もありましたが、冒頭にストーリーの概略が示され、本編へと導かれるので、戸惑うことはありませんでした。

本作では「やまと」艦内と日本国政府、アメリカ海軍とアメリカ大統領という、ふたつの軍事組織とふたつの政府がおなじ時間軸で大きな局面に向かっていくので、どうしても現実よりもスピード感が重要となってきます。

そのため、本来なら厖大な書類が必要となる政府や軍隊(軍隊もお役所なので、書類はとんでもない量になるそうです)のデスクワークについては触れられていません。エンターティメント作品なのですから、そこは正しい判断だと思います。現実を精緻に描くことは単調で刺激のない描写となってしまうのは事実でしょうから。

主人公の海江田艦長を演じ、本シリーズのプロデューサーでもある大沢たかおの、
「どれだけのスケールと迫力を人間ドラマにぶつけられるかの正念場で、絶対に成功させないといけない。成功というのは、映画を観たお客さんに喜びと感動を持って帰っていただくことで。そこに関しては1ミリも妥協をしないでやっていこうというのがスタートでした」というコメントからも、キャストとプロデュースを担った大沢の、強い気持ちが伝わってきます。

もちろん、すべてがオミットされているわけではありません。本筋である「やまと」の行動と同時進行で流れる、日本での衆議院解散から総選挙戦、選挙当日と開票結果というプロセスも、コンパクトですが、小気味よくまとまって描かれています。

吉野耕平監督の、
「選挙運動はもちろん、投票や集計というのも戦いの場でありプロフェッショナルな作業なので、そのカッコ良さは意識しました。潜水艦の中だけでなく、日常でもそうやって任務を全うしている人たちがいる。そのあたりも楽しんでいただければ嬉しいです」(いずれもパンフレットより)

最後に、かなり以前になりますが、海自の潜水艦に乗っていた方のコメントを伝えさせてください。「乗艦していて一番厳しいのは、太陽が観られないことでした。なにげない日常がなによりも大切なのです」

“日常が大切”という普遍的ですが、重要な言葉を鑑賞中、ふと、想いだしていました。次回は「トロン:アレス」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。