【ケイシーの映画冗報=2025年12月4日】今回はアニメ「果てしなきスカーレット」(2025年)です。舞台は中世のデンマーク。王女スカーレット(声の出演は芦田愛菜)は父王アムレット(声の出演は市村正親)が叔父であるクローディアス(声の出演は役所広司)に殺されてしまいます。
王位を簒奪したクローディアスへの復讐を誓ったスカーレットは、あるとき、クローディアスに毒を盛るのですが、毒は自身にも盛られており、意識を失います。つぎにスカーレットが目覚めたのは「死者の国」でした。
暴力と闘争に支配された「死者の国」で懸命に生きるスカーレットは、やがて仇であるクローディアスも、自身の部下たちとともに、この地にあることを知ります。
死してなお、復仇(ふっきゅう)にいどもうとするスカーレットでしたが、現代の日本で看護士だった聖(ひじり、声の出演は岡田将生)と行動を共にすることで、心の中に変化が生じてきます。傷ついた人々を懸命に助ける聖は、ふたたび復讐心に囚われたスカーレットに、その不毛さと慈悲の心を語るのです。中世のデンマークを舞台に、父王を殺された子どもが仇(あだ)である叔父への復讐に囚われるという梗概にはつい、「ハムレット」(Hamlet、1601年ごろ)を思い浮かべてしまいます。
イングランドの劇作家であるウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare、1564ー1616)の代表作であり、悲劇の定番ともいえる戯曲です。400年前の作品でありながら、現代までさまざまな作品で描かれています。さらに、シェイクスピアの戯曲は英文学や演劇界において、生涯のテーマとする研究者や演劇人は幾人もおり、作中の人物を掘り下げて分析することで、心理学や人間観察といった分野でも、活用されています。
以前にもお伝えしましたが、自分は演劇学科の学生でしたので、シェイクスピアの作品にも授業で触れています。演じることはありませんでしたが、シェイクスピア作品を演出された教授(専門はイギリス文学)からのお言葉が、いまでも印象に残っています。
「アマチュアでも、プロの俳優が演じても、シェイクスピアの作品は成り立ってしまう。だれが演っても、一定のレベルとなるのが、シェイクスピア作品のすごさ。400年も前の作品なのに、基本的に現代にも適合する。シェイクスピア当人は想像もしていなかったろうけど、完成度が高いんだよ」
本作の監督、脚本、原作である細田守も「わざわざ400年前の戯曲を題材にしたのは、今日的な課題を描いているから」と語っています。
監督によると、本作のアイディアは2022年の年明けぐらいの着想だったとのことです。
「毎日、ニュースで地獄のような光景が映し出されていることに動揺した。争いが続けざまに起こり、世界のありようが変わっていく中、報復の先に何があるのか考えたかった」
2022年の2月にはロシアによるウクライナ侵攻、2023年の10月には、中東でイスラム主義組織ハマスとイスラエルとの武力衝突という、現在でも継続している戦乱が起きています。鎮静化への動きや外交は幾度もなされましたが、平和への最終的な妥結にはいまだ、たどり着いていないのが現実です。
「人類はずっと報復の連鎖を繰り返しているけれど、それをそのまま描いてもしょうがない。じゃあどうすれば未来を変えられるか、ということを(今作では)描きたかった」(いずれも2025年11月28日付読売新聞夕刊)
また、「ハムレット」の根幹である“復讐”については、「時代を超えて人が惹きつけられる物語の原点であるかもしれないですね(中略)そうした復讐劇の元祖として思い浮かんだのが、シェイクスピアの『ハムレット』だったんです」(パンフレットより)
本作では、中世のデンマークに生きたスカーレットと現代の日本にいた聖が、おたがいの異界である「死者の国」でかかわるようになります。「死者の国」の荒れ果て、暴力が支配する世界が、じつは現代の世界情勢のメタファーのように、鑑賞中に考えてしまいました。
自身の職業倫理から、見ず知らずの人物や、時には襲ってきた相手でも医療や手当てをほどこす聖に、どこか否定的であったスカーレットですが、やがて許容するようになったり、暴力に難色を示していた聖が、スカーレットの危機に直面することで、おもわず武器を手にするといった、登場人物の変化は、両者にとっての“異界”を生き抜くための“適応”なのだと感じたのです。
過去の原典は変わらなくとも、作品へのアプローチや描き方は、変わっていくことも必要なのだと、本作は教えてくれたような気がします。次回は「ペリリュー-楽園のゲルニカ-」の予定です。(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。
