【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2025年11月7日】10月22日から1週間、台湾を旅した。旧友に台湾通は多いのだが、私自身は初めて訪れる。関西国際空港発着の2万8000円台の格安往復航空券を見つけたので、ネットで購入、行きはタイ・ベトジェット航空(Vietjet)、帰りはマレーシアのエアアジアXだ。
前夜に石川県金沢から大阪行きの夜行バスに乗り、22日当日の6時40分に大阪に着き、そのまま関西国際空港にリムジンで直行、出発は12時25分、台北の台湾桃園空港には15時25分と、早朝でも深夜でもない頃合の時間に到着する。
出発に先だっての入国カードも既にオンラインで申請済み、荷物は昨年11月のフィリピン旅行時と同様、機内手荷物(サックとキャリーバッグ)のみだ。
飛行機で片道2、3時間と国内旅行と変わらぬ手軽さで行けるのが魅力だ。時差は1時間、日本の方が遅い。近場とはいうものの、海外には違いないので、初訪問ということもあって緊張したが、無事1週間の旅程を満喫して、10月30日早朝に金沢に戻った。
たったの7日間で、台北(1泊)→淡水→九分(1泊)→基隆→瑞芳(1泊)→花蓮(1泊)→台東(1泊)→高雄(1泊)→台北(1泊)と、ほぼ1周したことになる。ハイライトは花蓮、日本の統治時代(1895年4月17日から1945年10月25日まで)、日本からの移民が花蓮に移り住んた過去があるだけあって、小綺麗に整備された美街で、すっかり気に入ってしまったことは言うまでもない。時間さえあれは、2泊はしたいところだった。

台湾南部の港湾都市、高雄のモダンな鉄道駅。台湾第2の都市は、猥雑な台北と違って南国ムード、台北からは鉄道で5時間(台湾高速鉄道=新幹線なら2時間弱)だが、高速バス(6時間)が快適かつ安くて(シニア割あり)おすすめ。
台湾は、ゴミゴミした北の都会より、中南部がいい。台東から高雄に至る普通列車の車窓からは、美しい海岸が望め、穴場のビーチがたくさんありそうだった。
初日の台北は折しも雨で、基隆までは、雨にたたられたが、花蓮は好天に恵まれ、高雄は30度の真夏日、しかし、高速バスで台中・台南を通過して台北に戻ると(6時間)、またもや雨のお出迎え、幸いにもラストデーは晴れて、午後の出発まで観光できた。
台湾通の旧友たちから、故宮博物院(台北)と台湾グルメを堪能しないことを叱られながら、私はマイペース、我が旅のスタイルを貫き通し、海と山と風光明媚な島国を満喫した。
これから、何回かに分けて、旅ルポをお届けする。乞うご期待!
☆台湾メモ
中華民国は東アジアにある共和制国家で、中華人民共和国(中国)が「ひとつの中国」を主張していること、実効支配している領土の大半が台湾島であることから、現代の国際社会では、一般的に「台湾」と呼ばれることが多い(オリンピックでは「チャイニーズ・タイペイ(中華台北)」)。首都は台北市で、全土の人口は2333万人(2025年)、面積は3万5980平方キロと九州とほぼ同じ。
通貨はニュー台湾ドル(NT$)、または元(ユェン)のどちらも使える(1NTドル、1元=約5円)。空港内にはいくつか両替カウンターがあり、日本円を現地通貨に替えられる。物価は日本に比べ、食はやや高めだが、交通費が安く、移動にお金がかからないので、トータルすると、国内旅行より安く回れる(節約志向の私の場合、1週間5万円で間に合った。ちなみに、フィリピンは2週間で7万円だった。両国とも、航空運賃入れても、10万円以下で抑えられた。
台湾の公用語は台湾華語(国語)で、北京語をベースにした中国語。現地では英語が通じにくいので、漢字の知識がある日本人は、筆談が便利だ。駅でのチケット購入前に駅名を書いたメモを用意しておくとよい。MRT(メトロ)では、切符代わりにプラスチックのコインのようなものが渡され、行きはQRコード読み取りで改札口に当てて入り、帰りはコインを差し入れ口に入れると出られる。
気候は年間を通して高温多湿で、北部が亜熱帯性、南部が熱帯性で、梅雨期(春から夏)、台風シーズン(夏から秋)もあり、降水量が多いのが特徴。私は雨季の終わりころの10月下旬を狙ったが、10月は台風シーズンでもあり、前半は雨に祟られた。11月からの冬季が絶好シーズンでおすすめ。服装は季節に合わせて用意したい。私の場合、薄手の半袖・長袖ブラウス3枚と、薄手と厚手のパンツ2枚、肌寒い時に羽織れるジャージーひとつで十分だった。
観光ビザは日本人なら最大90日まで免除されているが、10月1日から入国カードはオンライン申請化されたので、事前に取得が必要(クレジットカード情報や手数料をとる詐欺ページが横行しているので、要注意)。
(「インド発コロナ観戦記」は、92回から「インドからの帰国記」にしています。インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からはインドからの「帰国記」として随時、掲載しています。
モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行している。編集注は筆者と関係ありません)。
