【銀座新聞ニュース=2026年2月20日】国内最大手の百貨店グループ、三越伊勢丹ホールディングス(新宿区新宿5-16-10)傘下の三越伊勢丹(新宿区新宿3-14-1)が運営する日本橋三越(中央区日本橋室町1-4-1、03-3241-3311)は2月20日から3月2日まで本館7階催物会場で「平山郁夫展 平和の旅路-シルクロードから日本へ」を開く。
平和の尊さを生涯描き続けた日本画家の平山郁夫(1930-2009)は、仏教伝来やシルクロードの歴史を繰り返し取材し、文化や民族を越えて人類が共有してきた“精神の風景”を作品に刻んだという。日本画家としての創作活動にとどまらず、平和活動家・ユネスコ親善大使として文化財保護と世界平和にも尽力し、その画業は「絵画表現と思想とが深く結びついた軌跡」としている。主催は日本橋三越と日本経済新聞社。
今回は平山郁夫シルクロード美術館(2004年設立、山梨県北杜市長坂町小荒間2000-6、0551-32-0225)所蔵作品の中から、「大シルクロード・シリーズ」8連作をはじめ、「平成の洛中洛外」、未完の絶筆となる「窓辺の花」まで、画業を象徴する作品を公開する。日本橋三越では平山郁夫の画業と、その根底にある平和への祈り、文化財保護への想いを体感できる貴重な機会としている。
「シルクロード」をテーマとした第1会場では、全長約30メートルに及ぶ「大シルクロード・シリーズ」8連作を一堂に公開する。砂漠を行くキャラバンや人々の祈り、遥かな古代の記憶、シルクロード取材に基づく壮大な情景が広がる。また、シルクロード取材旅行のスケッチブックなども展示する。
「ふるさとの景色」をテーマとした第2会場では、「平成の洛中洛外」や「燦・瀬戸内(輝く瀬戸内海)」などの日本の景色を描いた作品、生前に使用していた絵具や絵筆などを特別展示するコーナーを設け、さらに未完の絶筆「窓辺の花」を、平山郁夫シルクロード美術館の館外では初めて公開する。
また、本展では画家としての創作以外の側面にも光を当てる。ユネスコ親善大使としての文化財保護や国際交流への取り組みを資料や年表で紹介し、作品に込められた思想と実践の軌跡を併せてたどる。
ウイキペディアや佐川美術館などによると、平山郁夫は1930年広島県豊田郡瀬戸田町生まれ、旧制広島修道中学(現修道中学校・高等学校)3年在学時に勤労動員されていた広島市内陸軍兵器補給廠で広島市への原子爆弾投下により被曝した。1952年に東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業、在学時は前田青邨(せいそん、1885-1977)に師事し、卒業制作は大学買上げとなる。
卒業とともに同大学美術学部日本画科副手となり、1953年に第38回院展で初入選、1956年に前田青邨夫妻の媒酌により、東京美術学校の同期生の松山美知子(1926年生まれ)と結婚、1959年ごろに原爆後遺症(白血球減少)で一時は死も覚悟したなか、唐代の中国の訳経僧(やっきょうそう)の玄奘三蔵(602-664)をテーマとする「仏教伝来」で院展に入選、仏教のテーマはやがて、古代インドに発生した仏教をアジアの果ての島国にまで伝えた仏教東漸の道と文化の西と東を結んだシルクロードへの憧憬につながっていった。
1960年代後半からたびたびシルクロードの遺跡や中国を訪ね、極寒のヒマラヤ山脈から酷暑のタクラマカン砂漠に至るまでシルクロードをくまなく旅し、その成果は奈良・薬師寺玄奘三蔵院の壁画に結実している。また、ユネスコ親善大使として中国と北朝鮮を仲介して高句麗前期の都城と古墳、高句麗古墳群の世界遺産同時登録に寄与した功績で韓国政府より修交勲章興仁章(2等級)を受章している。
日本への敦煌研究者及び文化財修復者などの受け入れ事業などを提唱し、敦煌莫高窟(とんこう・ばっこうくつ)の壁画修復事業にあたって日本画の岩絵具を用いた重ねの技法を指導するなど、現地で失われた美術技法の再構築と人材育成に尽力した。「文化財赤十字活動」の名のもとカンボジアのアンコール遺跡救済活動、敦煌の莫高窟の保存事業、南京城壁の修復事業、アフガニスタンのバーミヤンの大仏保護事業などの文化財保護や相互理解活動が評価される。その活動は幅広く社会への影響も大きい。
1973年に東京藝術大学美術学部教授、1981年に日本美術院理事、1982年に第1回美術文化振興協会賞を受賞、1988年に文化財保護振興財団が発足し、理事、同年にユネスコ親善大使、1989年に東京藝術大学学長に就任(1995年まで)、1992年に世界平和アピール七人委員会委員(2005年まで)、同年に日中友好協会会長(2008年まで)、1994年に文化財保護振興財団理事長(現文化財保護・芸術研究助成財団) 、1995年に南京城壁保存修復協力事業日本委員会が設立され、会長に就任、1996年に日本育英会会長(2001年まで)、1996年に日本美術院理事長、2001年に再び東京藝術大学学長に再任(2005年まで)。2005年に東京国立博物館特任館長、同年に平城遷都1300年記念事業特別顧問、2009年12月2日に脳梗塞により死去した。
1961年に第46回院展で日本美術院賞(大観賞、1962年で日本美術院賞(大観賞)、1964年に文部大臣賞、1978年に内閣総理大臣賞)、1976年に日本芸術大賞、1995年にモンブラン国際文化賞、2001年にマグサイサイ賞、2002年に中国製政府より「文化交流貢献賞」、2004年に朝日賞などを受賞している。1993年に文化功労者、1996年にレジオン・ド・ヌール勲章、1998年に文化勲章、2004年に修交勲章興仁章(韓国)、2009年に従三位などを受勲している。
会期中、ギャラリートークを開く。
21日14時から東京藝術大学名誉教授、日本美術院業務執行理事・同人の手塚雄二さんによる「師 平山郁夫を語る」を開く。
28日14時から文化財保護・芸術研究助成財団専務理事、平山郁夫シルクロード美術館評議員、元講談社編集部長の小宮浩さんが「平山郁夫との思い出」を語る。参加には入場券が必要で、イスは用意してない。
手塚雄二さんは1953年神奈川県生まれ、1980年に東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻を卒業、在学時の1978年に安宅賞、卒業時にサロン・ド・プランタン賞を受賞、1982年に同大学大学院美術研究科(日本画)修士課程を修了、修了制作で台東区長賞、1986年に再興第71回院展で奨励賞(1987年、1988年も)、1987年に第42回春の院展で奨励賞(1988年、1990年、1992年も受賞、1989年と1991年に春季展賞)。
1989年に 再興第74回で日本美術院賞・大観賞(1990年、1991年も、1997年の第82回で文部大臣賞、2000年の第85回で内閣総理大臣賞)、1990年に日本美術院の奨学金と前田青邨賞、1992年に金峯山寺(奈良吉野)本坊障壁画を制作、日本美術院同人に推挙、2002年に日経日本画大賞展で入賞、現在、日本美術院 同人・業務執行理事、東京藝術大学名誉教授、福井県立美術館特別館長。
本館7階催物会場の無料観覧スペースでは、三越伊勢丹所蔵の平山郁夫作品3点「法隆寺夜桜」と「伊勢神宮の朝」、「浄瑠璃寺」を特別展示しており、無料で見られる。
また、日本橋三越6階の美術特選画廊で2月23日17時まで「平山郁夫作品展」を開いており、日本画、水彩画約20点を無料で展示している。
開場時間は10時から19時(最終日は18時)まで。入場料は一般1200円、大学生1000円、高校生以下無料。会場では平山郁夫版画作品や平山郁夫シルクロード美術館の図録やポストカード、クリアファイルなどの美術館の商品も販売する。


