【銀座新聞ニュース=2026年3月1日】国内化粧品業界首位の資生堂(中央区銀座7-5-5、03-3572-5111)は3月3日から6月28日まで資生堂ギャラリー(中央区銀座8-8-3、東京銀座資生堂ビル、03-3572-3901)で没後5年を迎えた仲條正義の「うたう仲條 おどる仲條ー文字と画と、資生堂と」を開く。
グラフィックデザイナーで、女子美術大学客員教授だった仲條正義(1933-2021)が亡くなって5年目を迎えた2026年に、資生堂のPR誌「花椿」をはじめ、資生堂パーラーのポスターやパッケージ、今回、初出品となる原画など仲條正義が生涯にわたって資生堂と歩み、世に生み出した作品を公開する。
資生堂ギャラリーが仲條正義の個展を開くのは2012年に開いた「仲條正義展 忘れちゃってEASY思い出してCRAZY」以来2回目となる。
仲條正義は、資生堂の活動の多岐にわたるデザインやアートディレクションに従事するとともに、松屋銀座(1978年)や東京都現代美術館(1995年)のロゴをデザインしている。とりわけ、2000年代以降コンピューターによるグリッドシステムを用いたデザインが定着するなか、資生堂では「自由な構成や手描きによる仲條正義作品の存在が再び際立つようになり、次世代に大きな影響を与えてい」るとしている。
また、資生堂では「文字を巧みにつくる、あるいは組み上げ、自らの手で画を描き、またイメージを写真で創り上げる。それらが仲條の手で組み合わされると、文字はリズムをもってうたいだし、画はたちまちおどりだします。仲條は生前、『デザインはうたになる方を選ぶ』と語っており、その特徴は『おどっている』とも評されること」もあった。
今回は、資生堂とともに手がけた数々の作品を通じ、仲條正義のデザインの本質の一端に迫ろうとする試みで、「前衛的であり、かつ色褪せない。それは、仲條が歴史の中から普遍的な美をすくいあげ、新たなかたちで表現し続けていたから」としている。
本展では、資生堂が収蔵している作品(約200点)を中心に、化粧品の広告ポスター、資生堂パーラーのパッケージや包装紙、時計などのプロダクト、展覧会には初出品となるイラストの原画などを紹介する。また、1982年から2011年までアートディレクターを務めた「花椿」を収めたライブラリーコーナーを設置し、公開する。
グラフィックデザイナーの山口崇多(あがた、1988年生まれ)さんが影響を受けた仲條正義デザインのエッセンスを再解釈して制作した映像作品を展示する。資生堂では仲條正義の「うた」や「おどり」、その造形感覚を次世代につなげようという試みとしている。
資生堂とウイキペディアによると、仲條正義は1933年東京都生まれ、東京藝術大学美術学部図案科(現デザイン科)を卒業、1956年に資生堂宣伝部に入社し、1959年に資生堂を退社し、グラフィックデザイナーの河野鷹思(たかし、1906-1999)を中心に、八幡製鐵(現日本製鉄)との共同出資で設立された「デスカ」に福田繁雄(1932-2009)らとともに参加した。
1960年にフリーとなり、1961年に「仲條デザイン事務所」を設立し、1966年から2011年まで資生堂のPR誌「花椿」を手掛け(1982年から2011年までアートディレクター)、資生堂パーラーのパッケージ、資生堂のブランドや企業文化活動のグラフィックなど多くの作品を生み出した。資生堂パーラーでは現在も仲條正義のデザインの商品が販売されるなど、その精神は資生堂に生き続けている。
グラフィックデザインを領域に資生堂、松屋銀座、東京都現代美術館など中心にさまざま顧客で活躍し、2007年から女子美術大学芸術学部デザイン・工芸学科ヴィジュアルデザイン専攻客員教授に就任し、紫綬褒章、旭日小綬章、東京ADC会員最高賞、JAGDA亀倉雄策賞、毎日デザイン賞、毎日ファッション大賞・鯨岡阿美子賞などを受賞している。2021年10月26日に肝臓がんのため死去した。
資生堂パーラー銀座本店では仲條正義に関連した特別メニューを提供する予定。
開場時間は11時から19時(日曜日、祝日は18時)。月曜日は休み。入場は無料。


