【ケイシーの映画冗報=2025年5月22日】今回は「リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界」(原題:Lee、2023年)です。1977年、若いジャーナリストであるアンソニー(演じるのはジョシュ・オコナー=Josh O’Connor) の取材に応じるリー・ミラー(Lee Miller=1907-1977=、演じるのはケイト・ウィンスレット=Kate Winslet)。リーはトップクラスのモデルとして著名な写真家たちの被写体でしたが、自然に“撮られるより撮る”方向に活動を移していきました。
第2次世界大戦(1939年9月1日から1945年9月2日)が勃発したとき、イギリスのロンドンに暮らしていたリーは、ドイツ軍の爆撃にさらされるロンドンを撮影しているうちに、より「現実の世界」への探究心を抱くようになります。
イギリス政府は女性の戦場での取材活動を禁じていましたが、アメリカ国籍であるリーは母国での許可を得て、アメリカ人記者のデイヴィッド(演じるのはアンディ・サムバーグ=Andy Samberg)とともに、ドイツ軍と対峙するフランスの地に降り立つことになります。
最初は後方地域での取材でしたが、やがて銃弾が飛び交う最前線へも進んでいきます。野戦病院では負傷兵や看護兵を、解放された収容所では凄惨な遺体や、虐待されてきた囚人たちをフィルムに収めてきたリー。
最後には、自殺したドイツ総統アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler、1889-1945年4月30日)の居宅にて、独裁者の写真と自身を被写体としたポートレートを撮影。まさに長かった戦争の終結を物語る1枚をつくりあげました。
しかし、あまりにも“リアルな戦場”を記録したリーの戦場写真はイギリス国内では発表されませんでした。戦争に勝利したイメージがくずれてしまうというのです。失望感にとらわれ、過酷だった戦場の記憶にも苦しんだ過去も吐露するリーでしたが、やがて、リーは取材対象から取材する側へと位置をかえ、アンソニーへと質問を投げかけます。
「あなたの母親のことを聞きたい」
女性の戦場ジャーナリストという存在は、ある程度コンスタントに主軸へ据えられた作品が生まれています。フィクション作品としては、昨年公開され、話題となった「シビル・ウォー アメリカ最後の日」(原題:Civil War、2024年)でキルステン・ダンスト(Kirsten Dunst)が演じた戦場取材のベテラン女性カメラマンが役名もリー・スミスであり、本作の主人公に由来する名前となっています。
この役を演じるにあたり、ダンストがモデルとしたもう一人の女性戦場ジャーナリストである、メリー・キャサリン・コルヴィン(Marie Catherine Colvin、1956-2012)も「プライベート・ウォー」(原題:A Private War、2019年)というタイトルで映画化されており、戦場で左目をうしない、最後は紛争地帯で命を落としてしまう彼女を、ロザムンド・パイク(Rosamund Pike)が熱演しています。
本作でリーを演じたウィンスレットもふくめ、彼女らに共通するのは、女優として充分に実力を発揮しており、その演技力に一定の高評価を得ていることでしょう。
また、最近の映画では、現実感の強い、リアルな戦場描写が広がっており、まるで実際の戦闘のような撮影環境が設定されることから、厳しい環境での撮影に耐える芯の強さも必要なのだと想像できます。
主役を演じ、本作では製作も兼任しているケイト・ウィンスレットは、2015年にリー・ミラーの遺族がもっていたアンティークのテーブルを手に入れたことから、彼女の存在を知り、映画化のきっかけとなったそうです。
ウィンスレットは劇中のリーについてこう語っています。「リーを飾るだけの物語はすべて省こうと。(中略)嘘偽りのないミラーの姿を見せたかった。ミラーの真実だけを基に人物像を映し出した、真の姿を伝えたいと思ったんです。それが第2次世界大戦で戦争報道記者として活躍した姿であり、だから本作ではミラーを戦場に送りました。美貌を失いつつある中年のミラーという女性を戦場に置いた物語です」(パンフレットより)
人ひとりの人生をエンターテイメントとして表現するには、クローズアップと省略は欠かせません。作品として完結させるには、必要な措置なのです。
本作ではリーのモデル時代にはほとんど触れられていません。晩年のシーンも対話が中心となっており、ウィンスレットの言葉どおり、“戦争報道の従軍記者”の部分にフォーカスをあてた構成となっています。モデルとして、従軍カメラマンとして、女性が活躍する場所を切り開いてきたリー・ミラー。その人生の一部を巧みに映画として構築してみせた佳作だといえるでしょう。次回は「ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。