銀座で小林恵「フクシマ」展

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【銀座新聞ニュース=2012年12月20日】ニコン(千代田区丸の内3-2-3、富士ビル、03-3214-5311)が運営する銀座ニコンサロン(中央区銀座7-10-1、03-5537-1434)は12月19日から12月28日まで小林恵さんによる個展「風景色 フクシマノート」を開催している。

銀座ニコンサロンで12月19日から28日まで開催される小林恵さんの写真展に展示される作品。

写真家の小林恵(こばやし・けい)さんは3.11の1カ月後から三陸の被災地を取材し、帰路として国道6号を南下し、南相馬から飯舘村の道を走った。人気(ひとけ)の無い村を通過するたびに、「見てゆくのはフクシマだ!」と確信し、次から立ち入り可能な20キロから40キロ圏内を毎月のように訪ね、線量をノートしながら「沈黙の風景」を撮影した作品モノクロ約60点を展示している。

3.11以降、政府は同心円で福島原発周辺の20キロまで「警戒区域」、30キロまで「計画的避難区域」とし、それに続く放射線量の高い飯舘村や川俣村の一部も「避難区域」に指定した。

読売新聞によると、2012年4月に政府は福島原発周辺の「警戒区域」と「計画的避難区域」の2区域を、1)除染後に避難指示を解除する「避難指示解除準備区域」(年間被ばく線量20ミリシーベルト以下)、2)一時帰宅が可能な「居住制限区域」(同20ミリシーベルト超から50ミリシーベルト以下)、3)「帰還困難区域」(同50ミリシーベルト超)、の3区域に再編することを決めた。

大熊町内は、比較的線量が低い地域もあるが、人口のほぼ9割が居住していた地域で放射線量がひじょうに高く、「町の一部地域のみ帰還を認められても、町として復興できない」との指摘が出ているという。

小林恵さんによると、帰宅困難区域は絶望的な立入り禁止区域で、居住制限区域も立入りは可能だが、住むことはできない。単純計算では2.28マイクロシーベルトから5.7マイクロシーベルト/時を計測する区域という。フクシマの写真は、震災を含め、「先祖から託され、子孫に託す暮らし」、その普遍の約束事が断たれた里の光景としている。

小林恵さんは1948年香川県豊島生まれ、日本写真専門学校を卒業、広告代理店、福祉施設を経て、1975年よりフリーで活動、雑誌・写真展などで作品を発表している。現在、日本写真家協会会員。

開場時間は10時30分から18時30分(最終日は15時)。入場は無料。

注:「小林恵」の「恵」は正しくは旧漢字です。

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