死んで蘇えるボンドを描き、観客を不安に陥らせた新「007」(98)

【ケイシーの映画冗報=2012年12月20日】ある人に連れられてアメリカの「お巡りさん用の専門店」に行ったことがあります。その一角に「コバート(covert=ひそかな)」と「ディスク リート(discreet=目立たない)」という品物が並んでいました。

現在、一般公開中の「007 スカイフォール」(skyfall (C) 2012 Danjaq, LLC, United Artists Corporation, Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved.)。

一見、携帯電話やデジカメのケースのようですが、じつは警官のバッジやピストルが隠せるといったグッズの名称だったのです。こうした商品は非番の警官が持ち歩いたり、潜入捜査官や私服刑事が使うのだそうです。非番でも仕事となれば出勤しますし、潜入捜査官の場合は、警官と知られてしまうと、命の危険にさらされてしまいます。

こうして考えると、「世界でもっとも有名なスパイ」という「007/ジェームズ・ボンド」という存在は、まったく現実とかけ離れた存在と言えるでしょう。第2次世界大戦中(1939年から1945年) 、イギリスの諜報部門で活動していたというイアン・フレミング(Ian Fleming、1908-1964)によって創造されたイギリス諜報部のエース、007ことジェームズ・ボンド海軍中佐というキャラクターは、架空の人物でありながら、世界中におおくのファンを持つ存在となりました。

1962年に制作された「ドクター・ノオ」から本作「スカイフォール」までの50年間に23作が生まれていますが、ほかにも版権や契約上の間隙を縫うように「007モノ」が幾本かあり、パロディや事実上のパクリ作品もおおく、その魅力はじつに大きなものと言えるでしょう。

制作費が約1億5000万ドル(約150億円)で、興行収入が9億1800万ドル(約918億円)。日本では12月1日に公開され、9日までに観客が90万7875人、興行収入が10億8554万円に達している。

本家のシリーズ50年を通じて、いままでに6人、ボンド役を演じた俳優たちがいますが、それぞれに葛藤があったこともまた、良く知られています。 超人気作の主役、くわえて長寿シリーズとなれば、さまざまな軋轢(あつれき)が生じてくるのも当然といえるでしょう。

第21作「カジノロワイヤル」(Casino Royale、2006年)からボンドを演じているダニエル・クレイグ(Daniel Craig)のプレッシャーも相当だったそうで、かれが新ボンドとして紹介されたときの反応はネガティブなものばかりでした。そこまでは歴代ボンド俳優が 受ける通過儀礼ともいえるものです。クレイグがさらされたのはそれこそ世界中に存在するファンたちによる、インターネットでの批判的なコメントで した。

これは、新時代のストレスと表現できるかもしれません。ところが、「カジノロワイヤル」は歴代シリーズのなかでもトップクラスの大ヒットとなり、この1本でクレイグは、「望みうる最高のボンド俳優」という位置を確保したのですから、世の中はわかりません。

本作「007 スカイフォール」でクレイグのボンド役は3回目ということもあり、前2作の悪役(裏社会の資金調達者ル・シッフル。水資源の独占を画策するドミニク・グリーン)より、いっそう徹底的にボンドをつけ狙います。その男シルヴァ(演じるのはハビエル・バルデム=Javier Bardem)は、かつてイギリス諜報部に所属していたスパイで、任務中に組織に裏切られたことへの復讐心から、ボンドに対決を挑んでくるのです。

シリーズ恒例といえる、オープニングのアクション・シークエンス、今回は13分もの長い尺でボンドの活躍をタップリ見せてくれますが、そのラストで、ボンドは味方に撃たれて重傷を負い、行方不明となってしまいます。

ひょっとしたら、ボンド自身がシルヴァのような復讐者になっていたかもしれない、という不安感を観客に抱かせながらも、ボンドは職場に復帰、ふたたびスパイとして現場に戻っていくのです。

神話学者ジョーセフ・キャンベル(Joseph Campbell、1904-1987)の大著「千の顔をもつ英雄」(The Hero with a Thousand Faces)は、「英雄は試練に直面して一度死に、新たに英雄として生まれ変わる」というパターンが多いことを指摘しています。

本作でのボンドはキャンベルの指摘どおり、「一度死んで、蘇える」という姿を見せてくれますが、これまで、007シリーズにも幾度となく危機が迫っていました。
「ストーリーがマンネリ」をはじめ、「美女美酒美食では時代に合わない」とか「ただのプレイボーイではキャラクターに深みがない」や「いっそ007を女性にしてはどうか」など。

いずれの危機にも、007シリーズは対処してきました。ボンドの上司であるMが「ゴールデンアイ」(GoldenEye、1995年)で、ジュディ・デンチ(Judi Dench)演じる女性になったのも、時代の変化に対するひとつの回答だったのではないでしょうか。

なお、クレイグ本人は日本での食事については、ラーメンがお気に入り。「毎日でもいいよ」とのことです。ボンド役の俳優が日本でラーメンの食べ歩きを楽しむ。50年という時間にはこんな変化も生まれるのです。次回は「ホビット 冒険のはじまり」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します)。