ANA系LCCが「バニラ・エア」に、12月下旬から国際線主体で再開(2)

(石井知祥さんへのインタビューを加えて、全面的に書き換えます)
【銀座新聞ニュース=2013年8月20日】全日空(ANA)グループのエアアジア・ジャパンの社長、石井知祥さんは8月20日にステーションコンファレンス東京(千代田区丸の内1-7-12、サピアタワー6階)で会見して、11月1日に社名を「バニラ・エア(Vanilla Air)」に社名変更すると発表した。

その後のインタビューで、社長の石井知祥(いしい・とものり)さんは2014年度から国際線7割、国内線3割の格安航空会社にすることを明確にした。当面は成田空港発着に特化し、将来的には中部空港も利用する方針だが、「すぐには考えていない」と語った。また、キャビン・アテンダントの対面サービススタイルについては、親会社とは一線を画し、「あくまで独自スタイルでやっていく」考えを明確にした。

ただ、成田空港の利用時間が6時から23時と限られているため、運航頻度の面で制約されることになるが、成田空港発着枠が2014年度中に現在の27万回から30万回に増える見通しで、石井知祥さんは枠が増えれば、運航面でも問題が低くなると見ている。

現在、韓国、中国とは政治的なあつれきの影響を受けて、観光客数が伸び悩み傾向にあるが、それについては、あまり大きな問題と受け止めていないようだ。

さらに、現在のウエブサイト限定による航空券販売を見直し、「もっと使いやすいものにする」とし、独自のウェブサイトを立ち上げる考えで、旅行代理店との提携も強化していく方針だ。

全日空とマレーシアの格安航空会社、エアアジアとの合弁で2011年8月にスタートし、2012年8月から成田空港を拠点に運航をはじめたエアアジア・ジャパンは運営方針などの違いから、6月に合弁解消を決め、全日空の全額出資の格安航空会社として11月から再出発することを決め、今回、新社名を発表した。エアアジア・ジャパンでの運航は10月26日までで、その後約2カ月休止し、12月下旬から「バニラ・エア」として運航を再開する。

すでに、8月1日付けで社長の小田切義憲(おだぎり・よしのり)さんに代わって、全日空出身で、エア・ドゥ(Air Do、旧北海道国際航空)の営業本部長だった石井知祥さんが新社長に就任し、初代の岩片和行(いわかた・かずゆき)さんから数えてわずか2年程度で3人目になる。

新社名については、「世界的にポピュラーで、バニラを知らない人はいないし、アイスクリームといえばバニラのことを指すほど」(石井知祥さん)から選んだとしており、そこに、飾らない「シンプル(Simple)」さ、身近でありながら、高い品質の「エクセレント(Excellent)」、一歩先の使いやすさを実現する「ニュー・ベーシック(New Basic)」の3つの思いが込められているという。

バニラ・エアは12月下旬から「エアバス320型機」2機(全日空からのサブリース)で運航を再開するが、当初から「プレジャー、レジャー中心」の国際線主体で運航するため、路線が限られる見通しだ。「A320」の運航距離は片道4時間程度なので、国際線ではグアムや台湾、上海、韓国線と見られ、国内線は現在の5路線を縮小するとみられる。国際線中心になるのは「(運航)稼動(時間)が長く、単価が取れる」(石井知祥さん)ためとしている。

機材については、2013年度中に5機に、2014年度に8機に、2015年度に10機体制にする。社員数は現在の420人体制を維持する方針だが、詳細な路線などは9月下旬に発表する予定。

ただ、石井知祥さんは「この人数は5機から6機を運航できる体制で、全員が残ってほしいと思っている」という。しかし、社員の一部は退社するようだ。また、エアアジアのネットシステム限定販売では使い勝手が悪いため、全面的に見直す方針だ。

北海道札幌市から千葉県成田市に赴任するため7月31日にエアアジア・ジャパン運航機に搭乗し、「フレンドリーな雰囲気がひじょうによかった」と好印象をもったという。

石井知祥さんは1950年宮崎県生まれ、3歳から北海道札幌市で育ち、早稲田大学商学部を卒業、1974年に全日空に入社、大阪空港支店旅客部、営業本部国際部、バンコク支店マネジャー、広島支店長、ワシントン支店長、ロサンゼルス支店長などを歴任して、2010年にエア・ドゥ(Air Do)に出向、営業本部長を務め、2013年8月にエアアジア・ジャパン社長に就任している。ANA、エア・ドゥ、エアアジア・ジャパンと3社の頭文字から「トリプルA」を経たので、バニラ・エアでも「(格付けの)トリプルAをめざしたい」としている。

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