ヴァニラで安田興行社見世物展、ポンプ人間、たこ娘、ウシ娘が蘇る

(過去の記事については店舗名、個人名などを検索すると見られます)
【銀座新聞ニュース=2014年8月22日】ヴァニラ画廊(中央区銀座8-10-7、東成ビル、03-5568-1233)は8月26日から9月6日まで「開封!安田興行社大見世物展」を開催する。

ヴァニラ画廊で8月26日から9月6日まで開催される「開封!安田興行社大見世物展」のフライヤー。

ヴァニラ画廊で8月26日から9月6日まで開催される「開封!安田興行社大見世物展」のフライヤー。

1990年代まで興行していた見世物小屋「安田興行社」を取り上げ、「国宝?珍宝?今ひらかれる、見世物王国の扉!」と題して、見世物小屋の世界を紹介する。

安田興行社は岐阜県大垣市に本拠を置き、大正末期から見世物興行を手がけてきた荷主(興行師)で、初代の安田与七(やすだ・よしち)、2代目の安田里美(やすだ・さとみ、1923-1995)、そして当代へと3代にわたって90年近く、全国の祭礼や縁日に仮設の小屋を建て、見世物やお化け屋敷を興行してきた。

とくに安田里美は「人間ポンプ」としてテレビにも出演するなど、芸人としても広く世に知られた。4歳から見世物の世界に生き、全国を旅しながら身につけた芸は、人間ポンプ以外にも、サーカス、気合術、奇術、漫才、浪曲、芝居、見世物の呼び込み口上など「大衆芸能の生き字引のような存在であった」(ヴァニラ画廊)。しかし、安田里美が世を去ると、安田興行社が見世物を興行する機会は激減し、絵看板やネタはトラックコンテナの中にしまい込まれたままとなった。

それから20年後、安田興行社の協力のもと、見世物の絵看板やネタが展示・再現され、「日本の見世物文化の水脈が21世紀の東京・銀座に噴出する」という。たこ娘、かに男、蛇女、人魚、クダン、人間ポンプ、電気人間などを紹介する。

安田興行社と、かつて「南条まさき」の芸名で「市川ひと丸一座」で舞台に立ったこともある京都文教大学教授の鵜飼正樹(うかい・まさき)さん、写真家として木村伊兵衛(きむら・いへえ)写真賞を受賞した、編集者の都築響一(つづき・きょういち)さんがこの企画に協力している。

「はすぴー倶楽部」によると、見世物の始まりは室町時代で、江戸時代に入ってから盛んになり、京都の四条河原で慶長(1596年から1615年)ころに見世物小屋が歌舞伎や人形浄瑠璃などにまじって興行したという。最盛期に300軒もの見世物小屋があったが、1958年には48軒に減り、1971年に16軒、1986年に7軒、1989年には大寅興行社、団子屋興行社、多田興行社、安田興行社の4軒になったという。

日本観光振興協会の「自然と文化第59号」で、映画監督の北村皆雄(きたむら・みなお)さんが見世物小屋について紹介している。北村皆雄さんは「見世物小屋-旅の芸人 人間ポンプ一座」という2時間のドキュメンタリー映像を制作しており、1993年に撮影した際には、全国に4軒の見世物小屋があったという。1998年には、大寅興行社と団子家興行社の2軒になった。

1993年の時点で安田興行社は興行主の安田里美(やすだ・さとみ、1923-1995、当時71歳)、安田里美の妻で、長崎県で被爆した安田春子(やすだ・はるこ、61歳)さん、知的障がい者で「たこ娘」を演じたフクちゃん(61歳)、知的障がい者でビクバラシという首だけ人間を演じるカズさん(63歳)。

小屋掛けの責任者で、片足が悪いが、丸太を組み仮設の見世物小屋を建てる技術では天下一品といわれた秀義(ひでよし、61歳)さん、多田興行から借りた、小人で下半身に障がいを持ちながら、「イノシシ娘」や「ウシ娘」、「山鳥娘」を演じるナミちゃん(63歳)が出演していた。ほかに、春子さんの弟で、運転手兼小屋掛けと犬の演芸を担う陸男(りくお、52歳)さん、手品師の長崎(ながさき、81歳)さん、アイヌの血を引くという手伝いの文夫(ふみお、51歳)さんがいた。この3人は健常者だった。

ウイキペディアによると、安田里美の得意芸は人間ポンプで、碁石から始まり金魚や剃刀(かみそり)、昔の5円玉を飲み込み、胃まで入れた後、再び口から外に出した。ただ、外に出すだけでなく、碁石は石の色を交互に、金魚は釣り糸で釣り上げ、剃刀は3枚飲んでまとめて、5円玉は鎖に通して出した。胃の中に感覚があり、自由自在に胃の中を動かすことができたという。

開場時間は12時から19時(土・日曜日、祝日17時)で、入場料は1000円(お土産付)。