丸善日本橋で田渕俊夫、芝康弘ら院展作家展、松村公太特集も

【銀座新聞ニュース=2026年3月30日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は4月1日から7日まで3階ギャラリーで「院展作家 現在・未来展」を開く。

丸善・日本橋店で4月1日から7日まで開かれる「院展作家 現在、未来展」に出品される宮北千織さんの「曙」

公益財団法人「日本美術院」(台東区谷中4-2-8、03-3821-4510)の公募展「院展」で活躍する同人(どうにん)作家から将来性のある気鋭作家の新作を中心に約40点を展示する。また、東京藝術大学出身の日本美術院院友で、国内外の取材を通して心惹かれた光・風・水辺の風景を描く日本画家の松村公太さんも特集する。

ウイキペディアによると、「日本美術院」は1898(明治31)年に岡倉天心(1863-1913)が東京美術学校を排斥されて学校長を辞職した際に、自主的に連座して辞職した横山大観(1868-1958)らが岡倉天心の計画する美術研究の構想に賛同し、同年7月に美術研究団体としての 「日本美術院」を東京・谷中大泉寺(谷中初音町)にて結成したのがはじまりとされている(1952年に東京都の文化史蹟に指定され、現在、岡倉天心記念公園として岡倉天心先生旧宅趾・日本美術院発祥之地碑が建立)。

同年10月に落成開院した日本美術院は日本絵画協会と連合して「日本美術院展覧会(院展)」を開いた。以後、日本絵画協会と合同で春秋2回、絵画展覧会を開くも、1900年(明治33年)の秋季の展覧会が最盛期で、以後、資金の欠乏、院の内紛、綱紀の乱れなどが原因で徐々に沈滞するようになった。

1905(明治38)年に茨城県・五浦海岸へ別荘(六角堂)を建設した岡倉天心は、 1906(明治39)年に第1部(絵画)と第2部(彫刻)を改組し、第1部を五浦海岸へ移転させるが、当時、岡倉天心はフェノロサ(Ernest Francisco Fenollosa、1853-1908)の紹介でボストン美術館中国・日本美術部に入っており、五浦とボストンを往復するうちに日本美術院への興味を失っていった。また、第2部は国宝修理も行うことから1914(大正3)年に「美術院」と改称し、1965年に「財団法人美術院」となり、2013年に「公益財団法人美術院」となった。

1910(明治43)年に岡倉天心がボストン美術館中国・日本美術部長として渡米すると、日本美術院は事実上の解散状態となった。1914(大正3)年に文展(文部省美術展覧会)に不満を持つ横山大観や下村観山(1873-1930)らは、1913(大正2)年に岡倉天心が没したことを契機に、その意志を引き継ぎ、谷中上三崎南町に研究所を建設し(現在公益財団法人「日本美術院」がある)、日本美術院を再興した。

現在、日本を代表する日本画の美術団体として活動を継続している。日本美術院には日本画のほかに洋画部(1920年9月に脱退)と彫刻部(のち「彫塑部」と改称し、1961年2月に解散)も加わったが、現在は日本画のみになっている。

日本美術院展覧会(院展)は、1914(大正3)年10月に日本橋三越旧館で「日本美術院再興記念展覧会」を開き、これが現在、東京都美術館で9月に開かれている日本美術院展覧会(院展)の第1回展にあたり、1944(昭和19)年、1945(昭和20)年を除き、毎年秋に開催されてきた。

同じく併催される松村公太さんの「夕蝕」。

日本美術院展覧会を開催できなかった1945年11月に「日本美術院小品展覧会」が日本橋三越で開かれ、こちらは第2回展から毎年春に開かれることになり、1959年に「日本美術院春季展覧会」と改称され、1970年からは「春の院展」として現在まで毎年開かれている。1958年5月に日本美術院は財団法人化され、2011年4月に公益財団法人化され、2014年に再興100周年を迎えた。

春の院展は毎年4月上旬(年度により3月下旬の場合も)より日本橋三越本店にて約2週間開かれるのを皮切りに、約4カ月かけて全国10カ所弱を巡回する。同展覧会の前身が習作展・試作展・小品展であることから、秋に行われる再興院展よりも出品サイズが小さく、特に同人作家にとっては実験的な作品を発表する場として位置づけられている。

規定サイズは縦型(外装込)が150センチ×75センチ以内、自由形(外装込)が106センチ×106センチ以内となっている。主な賞としては、外務大臣賞、春季展賞、奨励賞がある。

また、再興院展、春の院展において優秀な成績を得、作家として将来性があると認められる者に、国内または外国において研修させ、その技芸を向上させることによりわが国文化の発展に貢献することを目的に、毎年度100万円の「日本美術院奨学金」を、原則として2人に授与している。日本美術院の序列は、低い順から一般、研究会員、院友、特待、招待、同人とされている。現在、代表理事・理事長は田渕俊夫さん。

今回、出品するのは日本美術院理事長の田渕俊夫さん、日本美術院業務執行理事、 福井県立美術館特別館長の手塚雄二さん、日本芸術院会員、日本美術院代表理事、同人、評議員の那波多目功一(なばため・こういち)さん、日本美術院同人、理事、日本芸術院会員、武蔵野美術大学日本画学科教授、広島市立大学名誉教授の西田俊英さん、日本美術院同人の村上裕二さん。

日本美術院同人、文星芸術大学特任教授の宮北千織さん、日本美術院特待で、愛知県立芸術大学非常勤講師の芝康弘さん、日本美術院特待の加来万周さん、日本美術院特待の坂根輝美さん、日本美術院特待の狩俣公介さん、日本美術院特待、東京藝術大学助教の松岡歩さん、日本美術院特待の永井健志さんら。

田渕俊夫さんは1941年東京都生まれ、1965年に東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻を卒業、1967年に同大学大学院を修了、修了制作「水」が大学買い上げに、1968年に再興第53回日本美術院展覧会(院展)で日本美術院賞(大観賞)、1970年に愛知県立芸術大学美術学部絵画専攻日本画助手、1974年に同大学美術学部絵画専攻日本画講師。

1982年に第1回日本美術院で奨学金(前田青邨賞)を受賞、1984年に同大学美術学部絵画専攻日本画助教授、1985年に東京藝術大学美術学部保存修復技術助教授、日本美術院同人に推挙、1988年に再興第73回院展で文部大臣賞(1994年に第79回で内閣総理大臣賞)を受賞した。

1995年に同大学大学院美術研究科教授、1996年に日本美術院評議員、2005年に同大学副学長、2006年に日本美術院理事、2009年に同大学を定年退職、同大学名誉教授、愛知県立芸術大学客員教授、2011年に日本美術院代表理事、2016年に日本美術院理事長に就任している。

手塚雄二さんは1953年神奈川県横須賀市生まれ、1980年に東京藝術大学美術学部日本画科専攻を卒業、在学時の1978年に安宅賞、1980年の卒業時にサロン・ド・プランタン賞、1982年に同大学大学院美術研究科(日本画)修士課程を修了、修了制作で台東区長賞、1986年に再興第71回院展で奨励賞(1987年、1988年にも奨励賞、1989年、1990年、1991年に日本美術院賞・大観賞、1992年に同人に推挙、1997年に文部大臣賞、2000年に内閣総理大臣賞)。

1987年に第42回春の院展で奨励賞(1988年、1990年、1992年にも奨励賞、1989年、1991年に春季展賞)、1990年に日本美術院奨学金、前田青邨賞、1992年に金峯山寺(奈良吉野)の本坊障壁画を制作している。2004年に東京藝術大学美術学部絵画科日本画教授、就任、2016年に日本美術院業務執行理事、2020年に東京藝術大学教授を退任、2024年に東叡山寛永寺根本中堂奉納天井絵「叡嶽双龍」を完成している。現在、東京藝術大学名誉教授。

那波多目功一さんは1933年茨城県那珂湊市(現ひたちなか市)生まれ、1950年に高校生で、第35回院展に初応募、初入選、1951年に高校生で第7回日展に初入選、1983年に第68回院展で奨励賞(1984年に日本美術院賞・大観賞、日本美術院特待、1986年に日本美術院賞・前田青邨賞(奨学金)、1990年に日本美術院賞・大観賞、1995年に文部大臣賞、1999年に内閣総理大臣賞)、1985年に春の院展で外務大臣賞・奨励賞、2000年に日本芸術院賞、日本美術院評議員、2002年に日本芸術院会員、2005年に茨城県から特別功績者として表彰、2008年に旭日中綬章、2024年に文化功労者に選ばれる。

西田俊英さんは1953年三重県伊勢市生まれ、高校生で中部春陽会賞を受賞、1977年に武蔵野美術大学日本画科を卒業、1970年に第47回春陽会展初入選(以後2回入選)、1975年に大学在学中に再興第60回院展に初入選、1983年に第7回山種美術館賞展優秀賞、1984年に84東京セントラル美術館日本画大賞展で大賞、1988年に第43回春の院展で外務省買い上げ、1990年に第1回両洋の眼・現代の絵画展で推奨、1993年に文化庁在外研修員として1年間インドに滞在した。

1995年に第50回春の院展で奨励賞(1996年も、2014年は足立美術館賞)、第80回院展で日本美術院賞大観賞と第1回足立美術館賞(1996年奨励賞、第2回天心記念茨城賞、日本美術院奨学金賞、1997年日本美術院賞大観賞、2002年に文部科学大臣賞、2005年に内閣総理大臣賞、2006年に足立美術館賞)、2000年に広島市立大学芸術学部教授(2012年に名誉教授)、2001年に国会議事堂における参議院議長肖像揮毫画を制作、奈良県立万葉文化館日本画を制作、2012年に武蔵野美術大学造形学部日本画学科教授、第18回モア(MOA)岡田茂吉賞大賞、2017年に日本芸術院賞などを受賞した。

村上裕二さんは1964年東京都生まれ、1987年に東京藝術大学絵画科日本画専攻を卒業、1989年に同大学大学院研究科(日本画)修士課程を修了、再興第74回院展で初入選(1996年に奨励賞、1997年に日本美術院賞(大観賞)、1998年に奨励賞、日本美術院奨学金、1999年に日本美術院賞(大観賞)、2012年に文部科学大臣賞、2016年に内閣総理大臣賞)。

1992年に同大学大学院研究科(日本画)博士後期課程を満期退学、1995年に第50回春の院展で奨励賞(1996年、1998年、1999年に奨励賞、2006年に春の足立美術館賞)、2006年に第15回MOA岡田茂吉賞絵画部門で優秀賞、2008年から画家活動を停止、2010年に第65回春の院展から創作を再開している。美術家の村上隆さんは兄。

宮北千織さんは1967年東京都生まれ、1992年に東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻を卒業、卒業時にサロン・ド・プランタン賞、台東区長賞、1994年に同大学大学院美術研究科修士課程日本画専攻を修了、修了制作が藝大買い上げ、模写が台東区買い上げ、1995年に第10回有芽の会で全国更生保護婦人連盟賞(1998年に法務大臣賞)、1997年に同大学大学院美術研究科博士後期課程(日本画)を満期退学した。

2000年に第55回春の院展で奨励賞(2001年に春季展賞、2002年、2003年に奨励賞)、2001年に再興第86回院展で奨励賞(2002年に日本美術院賞(大観賞)、足立美術館賞、2003年に日本美術院奨学金、2004年に日本美術院賞(大観賞)、天心記念茨城賞、2014年に文部科学大臣賞、2015年に内閣総理大臣賞、2017年に足立美術館賞)などを受賞している。

芝康弘さんは1970年大阪府生まれ、1994年に愛知県立芸術大学日本画科を卒業、1996年に同大学大学院日本画科を修了、1998年から2006年まで名古屋城本丸御殿障壁画復元模写事業に参加、2001年に第86回院展で初入選(2003年から2009年まで毎年入選)、2003年に第58回春の院展初入選(その後2010年まで毎年入選、2012年に奨励賞)、現在、愛知県立芸術大学非常勤講師。

加来万周さんは1973年熊本県生まれ、1997年に東京藝術大学美術学部日本画専攻を卒業、卒業制作を帝京大学買い上げ、1999年に同大学大学院美術研究科日本画修士課程を修了、修了制作を帝京大学買い上げ、同年に院展初入選(2000年から2007年、2009年、2010年、2012年から2015年にも出品)、2000年に春の院展で初入選(2001年に文化庁買い上げ、2002年、2004年から2007年、2009年から2011年も出品、2012年に奨励賞、2016年も出品)、同年に臥龍桜日本画大賞展で優秀賞、有芽の会で日本更正保護協会理事長賞、墨彩画展 で雪舟大賞などを受賞している。

坂根輝美さんは1978年愛知県生まれ、2004年に愛知県立芸術大学日本画科を卒業、卒業時に卒業作品展で桑原賞、2006年に同大学大学院日本画修士課程を修了、2005年に第60回春の院展で入選(2008年、2010年、2012年、2013年、2014年、2015年、2016年、2018年、2019年、2020年、2021年入選)、2007年に再興第92回院展で入選(2009年、2012年、2013年、2014年、2018年、2019年、2020年、2021年入選)、2009年にトーキョーワンダーウォールで入選し、2010年から個展を開いている。

狩俣公介さんは1978年千葉県生まれ、2002年に東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻を卒業、2004年に同大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画を修了、修了制作が東京藝術大学買上げ、2007年に同大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画後期博士課程を修了、博士(文化財)学位取得、東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画の教育研究助手、2008年から2010年まで同大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画助教、2011年から2017年まで同大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画非常勤講師、2012年から2021年まで女子美術大学美術学科日本画専攻非常勤講師を務めた。

2002年に再興第87回院展で初入選(2011年第96回で奨励賞、2012年第97回で奨励賞、2019年第104回で奨励賞)、2003年に第58回春の院展で初入選(2011年第66回で奨励賞、2019年第74回で奨励賞、2020年第75回で奨励賞)、2012年に前田青邨顕彰中村奨学会「第1回中村賞」などを受賞している。

松岡歩さんは1978年神奈川県横浜市生まれ、2005年に東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻を卒業、卒業制作でサロン・ド・プランタン賞、台東区長賞、平山郁夫奨学金賞、同年に第9回新生展で新生賞、2006年に第12回松伯美術館花鳥画展で大賞、同年に第6回雪舟の里総社墨彩画公募展で奨励賞、2007年に同大学大学院美術研究科絵画専攻日本画修士課程を修了、修了模写(国宝源氏物語絵巻)を大学買い上げ。

2007年に第62回春の院展で初入選(2013年に第68回で春期展賞・郁夫賞、2014年に第69回で奨励賞、2015年に第70回で奨励賞、2016年に第70回で奨励賞、外務大臣賞)、第92回再興院展で初入選(2014年に第99回で奨励賞、天心記念茨城賞、2017年に第102回で奨励賞、2018年に第103回で奨励賞、2024年に第109回で奨励賞、足立美術館賞)、2010年に同大学大学院美術研究科絵画専攻日本画修了、博士号を取得、2007年から個展を開き、2014年に第3回前田青邨顕彰中村奨学会で中村賞などを受賞している。現在、日本美術院特待、東京藝術大学助教。

永井建志さんは1979年東京都生まれ、2003年に東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻を卒業、2004年に第59回春の院展で入選(2013年に春季展賞、2018年に奨励賞)、2005年に同大学大学院美術研究科日本画修士課程を修了、修了制作模写で藝大買い上げ、再興第90回院展で入選、2008年に同大学大学院博士後期課程美術研究科日本画を修了、2013年に「第1回郷さくら美術館桜花賞展」で館長賞などを受賞している。

松村公太さんは1978年愛知県生まれ、2005年に東京藝術大学大学院修了、修了制作でサロン・ド・プランタン賞、同年に院展で初入選、2006年に春の院展で初入選、2008年に同大学院保存修復日本画で博士課程を修了、同年から2011年まで東京藝術大学教育研究助手、2011年に個展を開き、同年から2015年まで東京藝術大学非常勤講師、特別研究員を務め、る。現在、日本美術院院友。

時間は9時30分から20時30分(最終日は15時)。