丸善丸の内で慶応図書館「西洋中世写本」展、ラテン語聖書、キケロ対話集等

【銀座新聞ニュース=2019年9月29日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ、03-5288-8881)は10月2日から8日まで4階ギャラリーで「第31回慶応義塾図書館貴重書展示会『究極の質感(マテリアリティ)-西洋中世写本の輝き」を開く。

丸善・丸の内本店で10月2日から8日まで開かれる「第31回慶応義塾図書館貴重書展示会『究極の質感(マテリアリティ)-西洋中世写本の輝き」のフライヤー。

「慶応義塾図書館貴重書展示会」は、慶応義塾図書館が所蔵する数ある貴重書を各回テーマに沿って展示し、通常は閲覧が制限される貴重書を無料公開している。

今回は、西洋の書物は、ドイツの金細工師、印刷業者のグーテンベルク(Johannes Gutenberg、1398頃-1468)以前の中世において、すでにひとつの完成に達していたことを示す手書き写本などを紹介する。

羊皮紙(動物の皮を加工して筆写の材料としたもの、英語ではパーチメント=parchment)に羽ペンで写字され、さまざまな顔料や金で彩飾された写本は、美しくも実用的な書物文化を作り上げてきた。手書き写本ならではの質感を見ることができる。

主な展示資料は「ラテン語聖書」(フランス、13世紀中葉、羊皮紙零葉=れいよう=一部のページのみの不完な状態になったものをいう)で、旧約聖書続編「マカバイ記1」の零葉で、慶応義塾図書館では、「冒頭は11行分の高さの物語イニシャル『C』で始まっていて、文字の中に槍を持って突撃する、甲冑に身を固めた中世の騎士の姿が描かれている」。

このさし絵は、「ユダヤの独立戦争を指揮した紀元前2世紀の英雄で、中世では、騎士道精神を完璧に体現した『九偉人』 (Nine Worthies)のひとりに数えられていたユダ・マカバイ(Yehudah ha-Makabi、?-BC160)の姿を描いたもので、物語中の描写に対応していると思われる。こうした物語イニシャルは本文への視覚的導入の役割を果たしていると言える」と説明している。

また、「ラテン語時祷書(じとうしょ=中世装飾写本)」(南ネーデルランド、15世紀中期、羊皮紙)はエリザベス1世(lizabeth 1、1533-1603)の侍女が所有していた時祷書で、本写本は「フィトン時祷書」として知られ、15世紀中頃に南ネーデルランド地方(おそらくブルージュ)で制作された。

15世紀から16世紀初期のネーデルランドでは、時祷書をはじめとする彩飾写本が盛んに制作され、それらは外国にも輸出されていた。本写本の典礼方式はイングランドの教会で広く採用されていたソールズベリ式で、このことから、この写本がイングランドに輸出されるべく制作されたことがわかる。本書には、エリザベス1世に侍従・侍女として仕えていた3人の人物の署名が、合計4カ所に見いだされ、所有者の変遷が推察され、興味深い、としている。

アウグスティヌス(Aurelius Augustinus、354-430)「主と使徒の言葉」(イングランド、12世紀、写本断片)は7世紀後半に北イタリアで編さんされたアウグスティヌスの説教集で、本写本は後期のロマネスク体で書かれている。

現在では後半に属する32葉しか残ってないし、表表紙が外れて装丁がむき出しになっている。装丁は中世のもので、ヨークシャーのファウンテンズのシトー会修道院で制作された写本に類例が見られる。句読法もシトー会の写本の典型で、この大型の写本が公衆への朗読に使用されたことを示している」としている。

「ホプトン・ホール写本(中英語宗教文学アンソロジー)」(ノーフォーク、15世紀前半、羊皮紙)は、中英語で書かれた宗教散文および韻文のアンソロジーで、名称の由来は、本写本が1986年まで長らくイングランドのダービー州南部に位置する、ゲル(Gell)一族の住居であったホプトン・ホール(Hopeton Hall)に所蔵されていたためである。

この写本は「平信徒のための教理問答」(Lay Folk’s Catechism)や「精霊の修道院の憲章」(The Charter of the Abbey of the Holy Ghost)などで構成され、全体を通じて、聖書や教父からの引用や抜粋が多く認められる。このように全編が英語の写本が市場に現れることは現在では極めて珍しい。

キケロ(Marcus Tullius Cicero、BC106-BC43)「善と悪の究極について」(フィレンツェ、1450年から1460年頃、羊皮紙)はキケロの最晩年の哲学的対話編で、倫理学の原理を扱った「善と悪の究極について」の写本。

巻頭ページの装飾は15世紀後半にフィレンツェで活躍し、メディチ家のために多くの写本装飾を手がけたフランチェスコ・ダントニオ・デル・ケリコ(Francesco d’Antonio del Cherico、1433-1484)の様式で、本文の余白には15世紀を代表するヒューマニストのジョルジョ・アントニオ・ヴェスプッチ (Giorgio Antonio Vespucci、1434-1514)による自筆の書き込みが見られ、イタリア・ルネサンスの古典研究の姿を伝える一級資料としている。

ウイキペディアによると、「マカバイ記」は、ヘレニズム時代のユダヤの歴史を描く歴史書の1つで、「マカバイ記」は教派によって扱いに違いがある。ユダヤ教とプロテスタントでは外典として扱い、カトリック教会では1と2を正典(第二正典)に収め、正教会では1と2に加えて3までも正典に収めている。

マカバイ記1ではアレクサンドロス3世の東征に始まり、ハスモン朝の支配が確立されるまでの歴史をマカバイ戦争を中心に描いている。そのなかで異邦人に汚されたエルサレム神殿がふたたび清められたことが「ハヌカ祭」のおこりであると述べている。

マカバイ記2ではエジプトのユダヤ人へハヌカ祭を祝うよう薦める書簡から始まり、ユダヤに対する迫害とそれに対抗する宗教的情熱、ユダ・マカバイの活躍が描かれている。

マカバイ記3は、内容的にはマカバイ戦争とはなんの関連もない。プトレマイオス朝エジプトを舞台に、エルサレム神殿に入ることができなかったことに憤慨した王が、アレクサンドリアのユダヤ人を集めて虐殺しようとするが、神の力によってユダヤ人が助けられるという内容である。

マカバイ記4は歴史書というより思想書であり、理性と感情の問題が哲学的に扱われる。その議論の中で、マカバイ記2に登場する殉教者たちが引き合いに出されている。一時このマカバイ記4の著者が「ユダヤ戦記」や「ユダヤ古代誌」などを書いたフラウィウス・ヨセフスだという説が流れていたため、16世紀に印刷されたラテン語のヨセフス全集に、これが「殉教物語」の名義で入っていたことがある。

慶応義塾図書館は1907年に慶応義塾創立50周年を迎えた記念事業として1908年に起工され、1912年に竣工された。設計は曽祢中條(そねなかじょう)建築事務所、施工は戸田組で、1969年に国の重要文化財に指定された。1981年に新図書館が完成したのに伴い、本館は記念図書館、研究図書館として改修再生され、現在、旧館には福沢研究センター、斯道文庫(しどうぶんこ)、泉鏡花(いずみ・きょうか)展示室、大会議室、小会議室がある。

4日18時と6日15時から慶応義塾大学文学部教授の松田隆美(まつだ・たかみ)さんによるギャラリートークを開く。

松田隆美さんは1958年生まれ、1979年に国際基督教大学教養学部人文科を卒業、1982年に慶応義塾大学大学院文学研究科修士課程を修了、1986年に同大学大学院文学研究科博士課程単位取得後に退学、1991年にヨーク大学大学院博士課程を修了、1995年にヨーク大学文学博士を取得している。1986年に慶大文学部助手、1990年に助教授、1998年に教授。

5日13時から「羊皮紙工房」を主宰する八木健治(やぎ・けんじ)さんが「中世の紙『羊皮紙』のおはなし」と題して、解説する。

また、15時から八木健治さんが「羊皮紙に羽ペンで書いてみよう」と題したワークショップを開く。

八木健治さんは上智大学大学院を修了後、「羊皮紙工房」を主宰している。

6日13時から実践女子大学美学美術史学科教授の駒田亜紀子(こまだ・あきこ)さんが「西洋中世写本彩飾のマテリアリティ:彩飾の語る写本の“ヒストリー“」と題して、中世の写本の質感について解説する。

駒田亜紀子さんは1988年に名古屋大学文学部哲学科美学美術史専攻を卒業、1995年に同大学大学院文学研究科博士後期課程(美学美術史専攻)を修了、この間、1992年にパリ第4大学(ソルボンヌ)大学院博士後期課程を修了(2000年まで)、高知大学准教授を経て、2008年に実践女子大学准教授、2017年より教授。

開場時間は9時から21時(最終日は16時)。入場は無料。

注:「慶応」の「応」と「ローマ式典礼の時祷書」の「祷」は正しくは旧漢字です。名詞は原則として常用漢字を使用しています。