「2020年」(4.符合<梨沙クマール(タロット占い師)の場合>)

【モハンティ三智江のフィクションワールド=2020年11月20日】梨沙クマールは、北インドの山間聖地、聖なるガンジス河の源流が注ぐリシケシに移住して7年になる在留邦人だ。リシケシは、ヨガのふるさとして名高く、毎年沢山の外国人旅行者が訪れる。

梨沙は、現地人夫と共に、ここで自然食レストランを経営する傍ら、本業のヒーラーとしての仕事も兼業していた。

欧米諸国から引きもきらず、観光客が押しかけるせいで、レストランは繁盛していた。英語に堪能な梨沙がその傍ら、行うヒーリングも好評で、外国人客に人気を博していた。

しかし、それは、今年の3月半ばまでで、3月25日からスタートしたロックダウンにより、大量の旅行者が脱出、最後まで居残っていた外国人達も、5月にロックダウンが一部解除され、国内線が動き出すと、各国の航空会社が運航する臨時便で次々とインドを後にした。

8月までには、外国人は粗方去り、残った10数人は梨沙のように、現地人と結婚しで観光業に携わっている定住者か、ヨガ留学中の生徒達のみだった。

がらんとした観光聖地は、7年に及ぶ移住生活で梨沙が初めて、遭遇するものだった。いつだって、リシケシは外国人旅行者で賑わっており、宿泊施設も兼ねたヨガアシュラムはどこも満杯だったのだ。

実は梨沙自身も、ヨガ人気にあやかって5年前に購入した土地にロッジを建設中で、予定通り行けば、4月中にはオープンの運びになっていた。

2月に日本の横浜に停泊したクルーズ船におけるコロナ禍が発生し、制御不能に陥ったときは、神奈川在住の家族を心配したが、その頃インドではいまだ新型コロナウイルスはほとんどと言っていいほど出回っていなかった。

だから、インド政府が日本からの旅行者のビザを禁じ、入国停止の措置をとったときは、母国に汚名を着せられたようで、慌てた。日本人というだけで、地元民にも、白い目で見られ、接触を避けられ、傷ついたものだ。中国人と間違えられると、最悪だった。コロナと吐き捨てられ、差別も甚だしがった。

が、中国人や日本人を感染者扱いして罵っていた、舌の根も乾かぬうちから、インド本国も、月を追うごとに急増、特に西インドで感染爆発が止まらなくなり、あれよあれよのミリオン超、商売上がったりで窮地に陥った。ロッジも完成間近にして建設中止、もっとも、旅行者が皆無の状態では、開けても開店休業状態になっただろうが。

幸いにも、リシケシは、感染者が少ない方だったが、全土の感染者数はとどまることを知らず、うなぎのぼりの非常事態に、緊張感も高まった。金欠の軟禁生活を強いられる中、建設資金のなにがしかを生活に回して凌いできたが、8月から梨沙はオンラインでヒーリング講座を始めた。思うように登録数が集まらない中、ふと思いついて余技のタロット占いを動画発信し始めて、火がついた。よく当たると評判になったのである。

9月末まで天井知らずだった感染者数もようやく半減し、ほっと安堵した10月中には、登録数が10万人を突破し、個人セッションを始めたら、早速客がついた。

意外にも、ごま塩頭の50年配の男性で、相談内容とは、西インドの感染爆発都市ムンバイで消息を絶った姉について、占って欲しいと言うのだ。

「姉は2月下旬にインドに発って、ひと月後完全都市封鎖に遭遇、ホテルで5カ月もの軟禁生活を強いられた挙句、ようやく臨時便で帰国の目処がついたとメール連絡があって、やきもきしながら、待ってたんですが、予定日になっても、いっこうに戻ってこないどころか、連絡がプツリと途絶えてしまったんです」

インドのムンバイでロックダウン中に消息を絶ったとは、聞き捨てならなかった。梨沙がたまたまインド在住だったから、藁にもすがる思いで、個人セッションを申し込む気持ちになったのかもしれなかった。
「お姉さんのお名前をお伺いして、よろしいですか」

「真鍋翔子と言います。心当たりは一応全部当たってみたたんですが。姉はフリーの校正者て、ネット越しの仕事を請け負っていて、東京の神保町の小さな出版社さんにメールを入れてみたところ、びっくりしたことには、そこの社長さんがコロナで入院中というのがわかりまして、幸いにも、軽症だったようで快く受け答えしてくれたんですが、姉との連絡は長いこと途絶えているとのことでした。仕事が溜まっているので、困っている、こちらこそ、知っていたら、教えて欲しいくらいだと、逆に泣きつかれました。ギャラは安いのに、仕事が確かだと、姉を買っていたらしくて」

「あと、姉が若いときから親しくしている元同人誌の仲間がいて、東京で整形外科のクリニックを経営なさっている方なんですが、やはりご存知ないとのことでした。このコロナ下患者さんが激減して、大変そうでしたが、姉のことを親身になって心配してくれたんですけど」

梨沙はオンライン越しに話を聞いている間中にも、カードをシャッフルし続けていた。タロットとオラクルの中間のようなオリジナルカードは、往時西洋信者の間で人気を博したインドの聖者、ラジニーシ、後に日本語の和尚に改名してオショーになった故人の財団か発行しているものを使用した。

メッセージが深遠で、インドゆかりということもあって、手がかりとなるものを授けてくれそうな気がしたからである。

よく切ってから、1番上から3枚選んだ。普通は5択か7択だが、3択がいいような気がしたので、中・左・右と3枚並べてみた。

アウトサイダー(Outsider)とアンダースタンディング(Understanding)とトラスト(Trust)のカードが出た。中央の絵柄は、小さな子どもが鉄格子の門の内側に佇んでいる。チェーン付きの南京錠がぶら下がっているが、扉は錠がかかっておらず、実は開いていて、その気になれば、いつでも出られるのだ。格子の向こうには、虹色の空が見え、明るい希望、自由な未来へ羽ばたけと手招いているかのようだ。

左の絵柄は、消えかかった格子の内側に籠の中の鳥がいて、空を自由に舞う格子の外の鳥群に焦がれている。最後の右は、空を飛ぶ少女だ。まるでとびのように悠々と上空を水平飛行、下の空は美しい薔薇色に染まっている。

「お姉さんは、無事ですよ。コロナ囚人から解放されて、ウイルスフリーの平和な世界にいらっしゃいます」

「それって、ベトナムか台湾にいるってことですか」

「あ、いえ、多分この世界じゃなく、別次元の」

「別次元?」

「ええ、パラレルワールドとでもいうか」

クライアントは不審むき出しの顔をした。

「あ、信じられないのは、もっともだと思います。カードから読み取ったメッセージを直感に従ってお伝えしているだけのことなので」

「そんな雲を掴むような話じゃなくて、もう少しわかりやすく言ってもらえませんか。姉は今、どこなんです」

クライアントの声に苛立ちがこもった。眉間には、険しい皺がよっている。

梨沙は口中で、小さな嘆息をついた。
「私たちが行きたくても行けない世界です。でも、お姉さんは、ちゃんと住まいも仕事も得て元気でやってらっしゃいます。ネパールのクマリというタロット占い師をサーチしてみてください。お姉さんの居所の手がかりとなるようなものが掴めるかもしれません。クマリとは、ネパールの少女の生き女神のことで、それにちなんだ命名、占い師クマリは、時空を超えて存在する、つまり、いくつもの並行現実に同時発信できる不思議な存在なんです」

突然、画面がブラックアウトした。梨沙は自分の言わんとするところが少しでも伝われば、このセッションは成功だと思った。SNSでインチキと流布されるかもしれない。それでも、頭の片隅にクマリが名残って、ある日ひょんなときに表出し、気まぐれにでもサーチしてくれればと、心から願わずにはおれなかった。何らかの鍵を握っているのは間違いなかったからだ。

クマリは、ネパールの首都カトマンズで現地人夫と日本人宿を長年経営していた女性で、夫が急死した後永久帰国、タロット占い師に転身し、よく当たると評判になって、ブレイクした女性だ。登録者数は既にミリオンを超えていた。彼女の本名は、真鍋翔子、奇しくも、クライアントの行方を絶った姉と同姓同名だ。
(「2020年」はモハンティ三智江さんがインドで隔離生活を送る中、創作活動にも広げており、「インド発コロナ観戦記」とは別に、短編など小説に限定してひとつのタイトルで掲載します。本人の希望で画像は使いません)。