「2020年」(10.消えた姉の出現<真鍋浩二(印刷会社営業、翔子の弟)>)

【モハンティ三智江のフィクションワールド=2021年2月26日】真鍋浩二は、北陸の小さな町で、父母亡き後の生家を守りながら、地元の印刷会社で営業社員として働いていた。10年前までは別の印刷会社で課長として活躍していたが、倒産の憂き目を見て失職、1年程ぶらぶらしていたが、再就職が決まって8年が過ぎていた。

定年まで4年余すのみとなった今は、もっぱら若い社員の育成に力を注ぐ日々で、長年培った知識や経験を請われるままに提供していた。

口下手で不器用な浩二は、見合いも何度かしたが、決まらず、58歳のこの歳まで独身を通してしまったが、3歳上の姉の翔子が5年前離婚して出戻り、以来、同居生活が始まっていた。

自分と違って、積極的で行動派の姉は、大学から東京に出て出版社でやり手の女性編集者として活躍していたが、38歳のとき、7歳下の美男と電撃結婚した。以後、フリーランスとなり、家庭と仕事を両立させてきたが、子に恵まれす、夫が若い女を作って妊娠させたことで、離婚を余儀なくされたのだ。

気の強い姉は、ほかの女に走った古亭主など、こちらから願い下げと、さも自ら三行半を突きつけてやったようなせいせいした面持ちで負け惜しみを言ったが、4半世紀に及ぶ結婚生活に終止符を打ったことは、大きな痛手だったようだ。

56歳という年齢で、年々仕事も減ってこれからどうしようかと行き暮れているようなので、実家に戻ることを勧めた。親が遺した金もいくらかあるし、姉1人の食い扶持くらいは何とかなったからだ。案外、素直に聞き入れて、出戻ったあとは、もっぱら校正の仕事を生計の手段としていた。

浩二の口利きて、印刷会社の出版物の校正を請け負うこともあったが、大半は東京時代に培ったコネで仕事を取ってのリモートワークだった。亡母に似て旅好きの姉は年に一度海外旅行に出るのを楽しみにしており、特に遺跡には目がなく、こつこつと貯めた金は旅費に消えるのが常だった。

そんな姉の恒例の行事の一環で、今年の2月下旬にインドに旅立ったのである。亡き母も行きたがっていた世界遺産に登録されたアジャンタ・エローラ遺跡を見に行くと言って、意気揚々と実家を後にしたのだ。が、ひと月後、折悪しく、コロナ下の都市封鎖に遭遇し、以後、5カ月余りも西インドの商都ムンバイにとどまる羽目を余儀なくされた。

メールでしょっちゅう連絡は取っていたが、8月半ば臨時便で帰国するとの通知が届いたときは、心底ほっとした。

ところが、待てど暮らせど帰ることはなく、以後、連絡すら途絶えてしまったのだ。姉は一体、どこに消えたのか。現地の日本領事館にも連絡を取ったが、行方はようとして掴めなかった。

少しでも何かの手がかりになればと、占い好きの姉にあやかって、関連動画を探るうちに、インド在住の女性が発信しているタロット占いを見つけた。

わらにも縋るような思いで相談すると、怪しげな回答が返ってきて、短気性の自分は切れた。が、最後に彼女が投げた、クマリとかいうタロット占い師のことがなぜか妙に鼓膜に引っかかり、ある日思いついてサーチしてみた。

個人セッションで、クマリは姉がまもなく、戻ってくると予知したが、それが当たったように、3日と経たないうちに待ち焦がれた身内からの電話連絡が突然、入ったのだ。

「浩ちゃん、私。長いこと、連絡しなくてごめんね。今羽田、抗原検査は陰性だったから、ホテルで2週間の隔離を終えたら、戻るわ」
「無事だったのかー。心配したぞう。一体、今までどこに雲隠れしとったんや。俺がどんなに心配したことか、ほんとどこ行っとったんや」
「ごめん。詳しくはまた帰ってから、話すから」
姉はこちらの矢継ぎ早の質問には一切答えず、がちゃんと電話を切った。行方を絶ってから、3カ月が経っていた。

姉が戻った夜は、寿司を取ってビールで乾杯したが、日本は、第3波が忍び寄っており、姉弟間でも距離を保ち、飲食後はマスク越しの会話だった。

「3カ月も、どこに雲隠れしとったんや」
「空港の検疫でちょっと咳をしたら、引っかかってパスさせてもらえなかったの。しょうがなしに都心に戻って、お金もあんまりなかったから、安宿を探して落ち着いたんだけど、薄汚い木賃宿でWiFiの設備がなくて以後、連絡が取れなくなってしまったのよ」

何とも歯切れの悪い、要領を得ない応答だった。
「それにしたって、ネットカフェとかあるだろう、連絡のひとつくらい」
「感染爆発都市で厳格なロックダウン中だったから、外出もままならなかったのよ」

納得いかなかったが、本人がそれ以上話そうとしないので、諦めた。こうして、無事帰ってきてくれただけでも充分だった。
「それにしても、クマリの予言は当たったなぁ」
とぽつんと呟くと、姉がぎょっとした面相になって、大きな声で問い返した。
「クマリ?!」
「ああ、姉ちゃんの居所を占ってもらったんだよ。有名なタロット占い師だよ」
「なんて言ったの」
「まもなく帰るって。そしたら、3日とたたないうちにほんとに」
「あんたがそんな占い信じるなんて」
「姉ちゃん、タロット好きだったろう。わらにも縋る思いだよ」
「どこでクマリを知ったの」
「インドのリシケシ在住のやはりタロット占い師からの紹介だよ」
姉は奇妙に黙り込んでしまった。それから、ふらりと立ち上がって、
「疲れたから、もう寝るわ。お寿司ご馳走さま。いろいろ心配かけてごめんね」
2階の寝室に上がりかけた。

「部屋はきれいに掃除してあるから、今夜はゆっくり住み慣れた家の清潔なシーツと布団にくるまって安心して眠りな。あ、そうそう、机の上に姉ちゃんの行ったインドの世界遺産を特集したタウン誌載せといたから、明日にでも読んでみや。なかなかよく書けとるから。思えば、死んだ母ちゃんも行きたがっとったなあ」
「タウン誌って、ひょっとしてフェニックス?」
「ほや。特派員記者が現地取材しただけに、壮大な遺跡の迫力が伝わってくるわ」
「わかった、後でね。じゃあ、おやすみ。あのね、私、うちに無事帰ってこれてほんとほっとしてる。あんたにも、ひどく心配かけたけど。いろいろありがとね」
階段の中途で振り向きざま、にっこり笑った顔の目が少し潤んでいるような気がした。

姉のやや猫背気味の後ろ姿は、年相応の老いと濃い疲弊が滲んでいたが、脱力に凪いでいた。浩二は、たった1人の身内の存在を心底愛おしく思い、生死もわからず、安否不明で死ぬほど心配させられた3カ月間の心労がすーっと溶けていくようであった。寿司桶に余ったかっぱ巻を口中に放り込むと、コップのビールの残りを一気に空けた。(「2020年」はモハンティ三智江さんがインドで隔離生活を送る中、創作活動にも広げており、「インド発コロナ観戦記」とは別に、短編など小説に限定してひとつのタイトルで掲載します。本人の希望で画像は使いません)。