巧みな物語、俳優陣の達者な演技が詰まった「ジェントルメン」(316)

【ケイシーの映画冗報=2021年5月27日】「男には勝手に育つが、紳士は作らなければならない」という言葉があるそうです。おぼつかない記憶なので正確ではないと思いますが、骨子は正しいはずです。英国の諜報エージェントが主役の「キングスマン」(Kingsman、2014年)にも、英国紳士についてこんな表現がありました。
「礼儀(マナー)が人間を作る(Manners maketh man.)」

現在、一般公開中の「ジェントルメン」((C)2020 Coach Films UK Ltd. All Rights Reserved.)。制作費が2200万ドル(約22億円)、興行収入が1億1178万ドル(約111億7800万円)となっている。

ところが、本作「ジェントルメン」(The Gentlemen、2019年)は、タイトルこそ紳士ですが、出てくるキャラクターはといいますと、善良からはかなり離れた面々。ロンドン闇社会の大物ミッキー(演じるのはマシュー・マコノヒー=Matthew McConaughey)は、アメリカ生まれの貧しい留学生として英国に渡ったところで犯罪の才能を発揮し、一代で巨大な大麻コネクションを築き上げました。

4億ポンド(約500億円)というその大麻コネクションを手放すことを考えるミッキーは、妻であるロザリンド(演じるのはミシェル・ドッカリー=Michelle Dockery)との静かな生活を思い描いていました。

ミッキーの持つ巨大な利権に、さまざまなクセのある人物を惹き付けられます。ユダヤ系アメリカ人の富豪マシュー(演じるのはジェレミー・ストロング=Jeremy Strong)や、中国系マフィア、さらにはこの件でひと儲けを企てる強欲な探偵フレッチャー(演じるのヒュー・グラント=Hugh Grant)、たまたま関わってしまったボクシング・ジムのトレーナーなど。複雑にからみあった人間関係のなか、一連の事件はどんな結末を見せるのか。

本作を監督(兼脚本)したガイ・リッチー(Guy Ritchie)は英国出身で、20代で鮮やかな犯罪群像劇「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」(Lock,Stock and Two Smoking Barrels、1998年)を産み出し、大ヒットと高評価を得ることになります。

その後は犯罪ドラマにとどまらず、世界的に有名な私立探偵をユーモアたっぷりに描いた「シャーロック・ホームズ」(Sherlock Holmes、2009年)や往年のテレビドラマを映画化した「コードネーム U.N.C.L.E.」(The Man from U.N.C.L.E.、2015年)、さらにはディズニー・アニメの実写作品「アラジン」(Aladdin、2019年)と、さまざまなジャンルの映画を撮っています。

ここしばらく、エンターメイメント色の強い作品を手がけていたリッチー監督ですが、今回は自身の映画ジャンルの本道にもどっての作品ということで、スタイリッシュかつエスプリの効いた仕上がりとなっています。

悪党でありながら上流階級に位置するミッキーやマシューはつねに上等なスーツや正装に身を固めており、悪態や侮蔑的な言葉をあまり、口にしません。その一方、貴族社会(英国には世襲の国会議員が存在しており、貴族院の制度が残っています)では、「身分はあっても資金がない」という、厳しい現実に直面していることが語られます。そこに目をつけ、資金提供で裏稼業を成功させたミッキーとのコントラストが描かれます。

また、アメリカの犯罪映画のように、すぐに「銃でカタをつける」という流れにならないのも印象的でした。かつては、許可があれば合法的にピストルを持つことができた英国ですが、現在では市民のピストル所持は一切が禁止されており、警官でもなければ、ピストルはすべて非合法なわけです。とはいえ、健全な作品でもないので、発砲シーンも当然、あります。

悪の組織の物語なので、暴力的なシーンや、犯罪の被害者たちも散見されますが、露骨な残虐さはうすく、どこかユーモアをただよわせた絵作りになっているのも、リッチー監督のさじ加減の巧妙さを感じます。

本作の主軸は“暴力と悪徳”ではなく、セリフやストーリーの妙を楽しみ、適度な刺激とおかしみをブレンドした映像、そしてなにより俳優陣の達者な演技を堪能することなのではないでしょうか。

主演のマシュー・マコノヒーは、余命いくばくもないクスリの密売人を演じた「ダラス・バイヤーズクラブ」(Dallas Buyers Club、2013年)で、アカデミー主演男優賞を授与されました。

シリアスからコメディまでを巧みにこなし、主演だけでなく助演、ときにはワンポイントのようなポジションでも、キチンと存在感を発揮する魅力的な俳優ですが、他のメンバーもマコノヒーに匹敵する、すばらしい演技を披露しています。

たくみなストーリーに小気味よいテンポの映像、実力者たちの演技合戦と、映画・映像作品の楽しさが詰まった佳作といえるでしょう。次回も未定とさせていただきます。一日も早く、普通に映画を楽しめる日々がもどることを願っています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:「礼儀(マナー)が人間を作る(Manners maketh man.)」(映画の字幕では「マナーが紳士を作るんだ」)はオックスフォード大学(University of Oxford)のニュー・カレッジ(New College、1379年開設)や史上初のパブリックスク-ル、ウィンチェスター・カレッジ(Winchester College、1394年開校)を創設した神学者、政治家、教育者のウィカムのウィリアム(William of Wykeham、1324-1404)の名言で、「礼節が人を作る」という意味。makethは昔の英語で、現代英語では「Manners make the man」。ニュー・カレッジや、ウィンチェスター・カレッジのモットーとされている。