インドから、今すぐ観てほしい田村正和「ニューヨーク恋物語」(番外編)

【モハンティ三智江のインド発コロナ観戦記=2022年3月8日】インドで隔離生活を送る中、最大の娯楽は日本の往年のドラマや映画を観ることだ。いやはや、便利な時代になったもので、まるで、戦時中文学少女が親に隠れてこっそり文学書を読み耽る快楽にも似て、罪悪感めいた楽しみを味わわせてもらっている。

1話のサブタイトルにもなったブルックリン橋。イーストリバーをまたぎ、マンハッタンとブルックリンを結ぶ橋だが、物語のサブヒロイン、桜田淳子演じる里美が証券会社への通勤途上、白いスニーカーで橋を渡る一端ニューヨーカー・スタイルが印象に残っている(画像はいずれもウィキペディア)。

のめり込んでの一気観で午前様になると、隠微な楽しみに耽っているようで罪悪感が疼く。わかっているけど、やめられない。数え切れないほど日本の昔のドラマや映画に耽溺し、すっかり中毒になった。パンデミック下の隠微な楽しみ、いちいち批評していたら切りがないほどたくさんのドラマチックな劇に感動したが、ベスト3に入るテレビドラマを紹介したい。

それは、亡き田村正和(1943-2021)主演の「ニューヨーク恋物語」(1988年、フジテレビ系)だ。脚本はテレビドラマ界切ってのエンタテインメント作家、鎌田敏夫(「金曜日の妻たちへ」シリーズ(1983年、1984年、1985年)、「男女7人夏物語」(1986年)の大ヒットで有名)。田村正和を想定して書き下ろしたと思われるドラマがいくつかあるが(「雨の降る駅」1986年、「男たちによろしく」1987年、「過ぎし日のセレナーデ」1989年)、中でも1、2を争う傑出したでき映えが「ニューヨーク恋物語」だ。1988年度の第26回ギャラクシー賞優秀賞受賞作品でもある。

田村正和自身もお気に入りのドラマだったようで、折に触れて自宅でビデオ鑑賞していたらしい。その名の通り、ニューヨークが舞台になったラブストーリーで(1話ごとのサブタイトルはニューヨークの名所、1話ブルックリン橋、2話ウォール街等)、全編ニューヨークロケという贅沢な設定(当時はバブル期だった)、主題歌も井上陽水の「リバーサイドホテル」とテンポがよくて、世界一の大都会で繰り広げられる8人の男女の恋模様を盛り上げる。

田村の役柄は、エリート商社マン崩れのバーテンダー(日本人向けバー経営)、田島雅之。当時40代半ばの男盛りで、裏社会に通じるニヒルなプレーボーイはまさに美男俳優のハマり役といえる。

ポマードで固めたオールバック、キザなくらい決まっている正和様、脂が乗った渋い美男振りは目の保養だ。正和独特の目線や身振り手振り、セリフの口回し、女心をそそる魅力全開、不倫の恋で出世街道を追わた過去がちらつく。

翳りある美男、孤独と憂愁とロマン、異国の大都会を颯爽と闊歩、スタンドで英字紙を買い求める男は、演じているのが正和様だけにかっこいいと、惚れ惚れしてしまう。

女は過去のある男に弱い。どことなく翳りを帯びた人生に疲れた訳あり美男に、母性本能をくすぐられる。企業の不正を餌に恐喝、裏街道を渡り歩くゆすりや、バーのカウンターでマフィアめいた大男にアイスピックを突き立てる凄みも見せ、ミステリアスで魅了する。45歳の正和は色気も匂いたち、若い女たちもメロメロ、昔の女も忘れられず、追いかけてくる。

ニューヨーク港内、リバティ島にある自由の女神像。ドラマの主人公、田島が、浮浪者に落ちぶれていた自分を救ってくれた明子に、対岸の像を仰ぎながら、「君は希望の象徴、俺にとって自由の女神だった」と打ち明けるシーンが印象的だ。

5人登場する女の4人が田島に恋する(超モテぶりだが、正和なので納得)。うち2人は20代の美女、1人はキュートな女子留学生(演じるのは五十嵐いづみ。奇しくも、ママが田島の昔の恋人で今も忘れ得ぬ女=夏桂子)。

恋だけがテーマではない。日本から世界一エキサイティングな大都会に渡り、サクセスストーリーを追い求める野心的な若者群像も描かれる。田島も中年だが、企業乗っ取りでひと旗あげてやろうとの野望を捨てていない。成功した暁には、昔の女を迎えに行く算段だ。

ボクサー志望の青年(演じるのは柳葉敏郎でコミカルキャラ)、後に彼が結婚する弁護士志望の韓国女性(李惠淑=イ・ヘスク)、株トレーダーを目指す女、中でも証券会社でアシスタントとして勤めながら一人前のセールストレーダーを目指す野心的な里美を、歌手の桜田淳子が好演している。

英会話も流暢で、ヒロイン役の岸本加世子(明子)を食う演技だ。歌だけじゃなく、芝居もこんなにうまかったかと、目を見張らせられた。引退せずに女優に転向しても、充分成功したと思うと、惜しい才能だ。後半は岸本加世子も熱演、田村正和に堂々と渡り合う体当たり演技を見せる。

結局、3組のカップルのうち結ばれるのは1組のみ、田島(田村)に片恋していた明子(岸本)は終盤で浮浪者に落ちぶれたアル中の男を献身的に介抱し、更生に導いて、結ばれるが、男の心が自分にないことを知って、ニューヨークを去る決心をする。

田島がアパートメントのバルコニーで明子の髪を洗ってやるシーンは話題になったそうだが、女なら誰でも正和様に洗髪してもらいたいと焦がれるのではなかろうか。なんて素敵でロマンチックなシーン、こんな場面を書けるなんて、脚本家の鎌田敏夫は無類のロマンチスト、もしかして我が身の体験から来ているのかも。

ラストの空港での別れの場面は、名画・旅情の焼き直しで、最高のロマンスを演出する2人が心憎い。赤い薔薇をさりげなく胸ポケットから取り出し、女に捧げる田島はキザの骨頂、でも、素敵だ。旅情のテーマ曲・サマータイムを口ずさみながら、やさしく抱き寄せる男、熱く抱擁を交わしながら、君なしでは生きていけない、君以上の女はいない、俺が一番愛した女だと歯の浮くようなセリフを囁く男、もっと言ってとひしと抱きついてせがむ女。

アメリカに来てよかった、あなたに逢えてよかったと泣きながらしがみついた後、突然走り去っていく若い恋人、床に落ちる薔薇を拾い上げて、イエローキャブに英語で行先を告げて黒いサングラスをかける男、隣の座席には女の残していった1輪の紅薔薇が。やにわに煙草を取り出して一服、決まっているポーズ、これぞ正和、陽水の「リバーサイドホテル」がかぶさる、盛り上がるクライマックス、「終」の文字、最終回の第11話マンハッタンは幕を閉じた。

毎回、観終わるのがもったいないくらいの気持ちで大事にいとおしむように観てきた物語の終わり、余韻に浸りながら、古き良きニューヨークに私も若いうちに行っておくべきだったと、悔いに似た痛みを感じた。いまだ見ぬ大都会、自由とサクセスの象徴だったニューヨーク、アメリカンドリーム、ドラマ中何度も登場した自由の女神像に、思いを馳せながら。

2022年パンデミック(世界的大流行)に揺れる、喧騒の去ったニューヨークにいまだ、サクセスドリームはあるだろうか。ドラマ放映から33年という歳月が流れ、登場人物が生き生きと野心に燃えて闊歩したエキサイティングな大都会、あのぎらぎらするような熱気はまだ健在だろうか。

人種の坩堝(るつぼ)のエネルギッシュな大都会、最先端のおしゃれな街に世界各国から若者が集い、恋に陥り、夢破れ傷つき、散っていく。大都会に織り成す人間模様、1980年代のニューヨークをひと目見たかった、見ておくべきだった、そんな胸がかきむしられるような郷愁に似た疼(うず)きをこのドラマは味わわせてくれた。

DVD化はされていないようだが、過去に何回か再放送されているらしい。実は動画がアップされたのも、比較的最近のことで、しかも、少しずつで全編揃うまで時間がかかり、早く続きがアップされないかなと、いらつかされたものだ。

ずっと観たいと思っていたドラマなのに、以前は1話しかアップされておらず、諦めていただけに、続編がアップされたときは狂喜、ワクワクして観進めたが、中断してまた続きというスローペースで、特に最終回がアップされるのが遅かった。やっと出揃ってレビューが書ける体勢が整ったというわけだ。

アップされている今のうちに、お見逃しなく。必見ドラマだ。1980年代の活気と喧騒に満ちたニューヨークも楽しめ、エンパイアステートビルや今はなき世界貿易センターも覗く摩天楼、黄昏時の美しい夜景など舞台を観ているだけで、古き良きアメリカにタイムスリップできる。

昔の名ドラマを観れる時代に乾杯!ステイホームの閉塞感も束の間忘れて没頭、パンデミック下の最大のレクリエーションた。

〇こぼれ話/15年後の田島雅之

蛇足ながら、この人気名ドラマのシリーズ物として、「男と女ニューヨーク恋物語Ⅱ」(1990年)、「新ニューヨーク恋物語」(2004年)があり、シリーズ2は、1とは全く別バージョンのコメディタッチだが(篠ひろ子共演)、故竹内結子(1980-2020)と組んだ3は15年後の続編で(田村自身も長年希望し実現したもの)、裏社会から足を洗えずロングアイランドでワイナリーを営む、高級アパートメント住まいの田島が、FBIに追われる設定とスリリングだ。

老いて目が不自由になった男が登場し、昔の忘れらない女の訃報なども描かれる。竹内結子演じる未婚の母にFBIに回されたスパイ行為を働かれながらも、田島は養護施設の子どもを引き取るためグリーンカードが必要な若い女に裏で救世主のような援助をし、優男健在である。

2021年4月惜しまれながら逝った大御所・田村正和、時代劇から恋愛・コメディまで数々のドラマで変幻自在の役柄を巧みに演じこなし、お茶の間を楽しませ、自らも百様のパラレルワールドで別人格を演じ分けて、1人で何役も堪能、豊かな役者人生を満喫し、思い残すことはなかったろう。

役者に生き、まっとうした人生だった。大輪の花は存分に開き切って、華麗に散った。田村正和は、私たち視聴者の胸に永遠に生き続ける、素晴らしいドラマをありがとう!

ベストのハマり役のひとつが、ニューヨークに暮らす田島雅之だった。ひとりの女のために出世を棒に振った孤高のロマンチスト、女のために人生を棒に振る男像は、「過ぎし日のセレナーデ」(1989年、フジテレビ)の榊隆之へと受け継がれてゆく。

(従来の「エッセイシリーズ」は「コロナ観戦記」の番外編とし、連載番号外とします)