今の世情を切り取った、アカデミー賞の「パラサイト」(283)

【ケイシーの映画冗報=2020年2月20日】今回の「映画冗報」は、本年のアメリカ、第92回アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞と4部門で栄誉となった韓国映画「パラサイト 半地下の家族」(Parasite、2019年)を取り上げさせていただきます。前回、取り上げるとした「1917 命をかけた伝令」は次回にします。

現在、一般公開中の「パラサイト 半地下の家族」(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED)。制作費が135億ウォン(約12億5393万円)、興行収入が世界で1億6740万ドル(約167億4000万円)。

15年ほど前に韓国を訪れたとき、首都ソウルの“地下空間の規模”に、軽い衝撃を受けました。とにかく地下街が広くて充実していたのです。

「韓国はまだ戦争中なんです。朝鮮戦争(1950年から1953年)は“休戦”であって“終戦”ではないんです」と現地ガイドの方が語ってくれました。「戦争になったらソウル市民は地下に逃げ込むのです」

朝鮮半島を南北に分断した38度線から最短で30キロほどというソウルは、韓国の首都であると同時に、戦時下の大都市でもあるのです。

戦争に備えた防空壕として作られた半地下の家に住むキム一家の日常から、物語は始まります。事業を手がけては失敗するが楽天家の父親ギデク(演じるのはソン・ガンホ=SONG Kangho)、ハンマー投げの元選手で勢いのある母親チェンスク(演じるのはチャン・ヘジン=CHANG Hyae Jin)。

大学受験に挑戦するが成果のない長男ギウ(演じるのはチェ・ウシク=CHOI Woo Shik)、美的センスはあるが学費がない長女ギジョン(演じるのはパク・ソダム=PARK So Dam)は、半地下の古い家に暮らしながら、一家全員でこなす内職で食いつなぐという生活を送っていました。

友人の紹介で、現役の大学生と偽り、高台にあるIT企業の経営者家族の豪邸に、長女の家庭教師として入り込んだギウは、つづけて長男の指導にと、兄妹であること隠してギジョンを紹介し、ここに2人で出入りするようになります。

やがて運転手としてギデクが、家政婦としてチェンスクも雇われ、キム家の4人は、自宅とは天と地の差がある豪奢な空間を“間借り”することに成功したかにみえましたが、予想もしない訪問者が姿を見せたとき、ストーリーはふりそそぐ豪雨のようにあふれだすのでした。

本作でアカデミー国際長編映画賞を受け、アカデミー脚本賞(共同)、監督賞、作品賞を得たアジア圏初の監督であるポン・ジュノ(BONG Joon-Ho)は、実際の殺人事件を題材にした「殺人の追憶」(Memories of Murder、2003年)から、ソウル市内の大河に出現した怪物と戦う家族を描いた「グエムル-漢江の怪物」(The Host、2006年)のような“怪獣映画”まで、幅広く手がける才人です。

ストーリーだけを見れば、高台に住む富裕層への憧憬と憎悪をきっかけにした誘拐事件が起きてしまう「天国と地獄」(1963年)の黒沢明(くろさわ・あきら、1910-1998)監督の名作が思い浮かびますが、本作では単純な「善悪」や「上級民対下層民」のような対立構造とはなっていません。

「『パラサイト』において、すべての登場人物は善玉悪玉どちらでもないグレーゾーンにあります。金持ち一家も、貧乏一家も別に悪人じゃない」(「映画秘宝」2020年2月号)と、ポン監督は語っています。

「回避不能なできごとに陥っていく、普通の人々を描いたこの映画は、『道化師のいないコメディ』『悪役のいない悲劇』」という監督の一文もパンフレットにあります。今回の栄誉にさきだち、2019年の5月に本作は、フランスの第72回カンヌ国際映画賞の最優秀(パルムドーム)賞を韓国の映画作品として、はじめて受けています。

ちなみに2018年、パルムドームとなったのが、日本の是枝裕和(これえだ・ひろかず)監督による「万引き家族」(2018年)で、こちらも社会の底辺で犯罪に手を染めながら生きる人々の姿を活写して、高評価を受けました。

これは、単なる偶然なのでしょうか?この疑問にポン監督のこの一文が答えてくれました。

「別に僕らは話し合って『貧困家族の金持ちとの戦いを描こう!』なんてスローガンを掲げて共闘しているわけではないんです。(中略)アーティストはいつだって、自分が生きているその時代を作品に反映させようとするからですよ」(前掲誌)。

日本でも社会の格差が拡大傾向にありますが、アメリカや、本作の舞台である韓国では、もっと上下の間隔は広がっているそうです。たとえば、リゾート地ハワイの家賃は、この15年間で2倍近くになっているそうですし、ソウル市の家族用マンションの家賃は平均月収の70%に近いとのこと。

日本でも沖縄の一部では、急激な家賃の上昇により、生活が厳しくなっているそうで、本作が現実とならないことを願わずにはいられません。ストーリーや映像などに衝撃を受ける作品ですが、いまの世情を切り取った映画として、鑑賞をお勧めします(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

注:「パラサイト」は2019年5月の第72回カンヌ国際映画祭で韓国映画初となるパルム・ドールを受賞した。2020年2月の第92回アカデミー賞では作品賞を含む6部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の最多4部門を受賞した。非英語作品(Foreign-Language Film)の作品賞受賞は史上初めて。また、アカデミー作品賞とカンヌの最高賞を同時に受賞した作品は「マーティ」(Marty、1955年)以来、65年ぶりとなる。

韓国で2019年5月30日に公開され、観客動員数は1000万人を突破し、日本では2019年12月27日から一部の劇場で限定先行公開され、2020年1月10日に一般公開された。