金沢港クルーズターミナル、新しい海の玄関を探訪(107、旅ルポ編)

(著者がインドから帰国したので、タイトルを「インドからの帰国記」としています。連載の回数はそのまま継続しています)
【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2022年9月13日】大型連休に突入して混雑する前に、思い立って2年前に新設された(2020年6月1日)金沢港クルーズターミナル見学に向かった(無料で、営業時間は9時から21時)。

ライトアップされた金沢港クルーズターミナル(海側の背面)。2階のデッキからは、港らしい情緒漂う海が一望のもとに見渡せる。

今回は遅ればせながら、4月下旬に行った金沢港のレポートをお届けする。4月25日、高気圧のいいお天気で、外出にはもってこい。所用で午前中がつぶれたので、どこか近場でと考えて、インドで隔離中知人から勧められていた金沢港クルーズターミナルに行ってみることにした。

ネットで調べると、金沢駅西口からバスが出ており、30分ほどで行けるらしい。片道290円、繁華街香林坊の行きつけのレストランでランチ後、駅に徒歩で向かい、15時15分のバスで終点のクルーズターミナルに着いたのは16時近く。日本海の白波をかたどった波打つようなルーフのデザインといい、クルーズ客の便宜を図った開放的な全面ガラス張りの新しい建造物はモダンで素敵だった。

ざっと周辺のガーデンや港を回ったあと、館内へ。内部は見どころ満載、1階はクルーズ客向けのCIQ(税関・出入国・検疫)エリアで、ほかに待合所、観光案内所があり、2階には、金沢港にまつわる小さな博物館紛いの金沢港まなび体験ルーム(17時まで)もある。

体験ルームの入口手前にクルーズ船の模型が5つあり(うちひとつは、黒い船体のにっぽん丸、日本船の中では1番小型の2万2472トン)、中に入ると、港の開設から現在に至るまでの歴史年表に始まり、港のジオラマ(立体模型マップ)、操船シミュレーター(大型の有料と小型の無料あり)、疑似体験シアター(クルーズ船内部の紹介)などがあった。子供が無料の操船シミュレーターで遊んでいる隣で、私もトライ、操船テクがど素人のビギナーの私は入港失敗を繰り返すお粗末さだった。

脇に設けられた船内を模した部屋はセミナー用に使われるものらしかったが、コロナ禍で利用者もないせいか、椅子や机は置かれておらず、広い休憩室のようになっていた。全面ガラス張りの窓からは日本海が一望のもとに見渡せ、窓に沿った長いカウンターと並べ置かれた円椅子、そのうちのクッションの効いた一脚に座ると、ビューを楽しめる。

そこを出た隣がレストランだったが、残念ながら定休日だった。海の食堂・ベイアルセ(アルセはスペイン語で楓、10時から21時、月曜定休)では、入口付近にアニバーサリー雑貨なども並べ(メープルハウス、石川県金沢市のケーキ&カフェ・雑貨店、本店の東力町含む7店舗)、食事はシーフードやパスタ、サンドイッチなど、各種スイーツも楽しめ、全席から海が見えるようフロアは段差造りになっているようだ。外から裏のガラス戸越しに覗くと、窓際のソファ席がゆったりして、居心地がよさそうだった。次回のお楽しみにとっておこうと思った。

貨物船が停泊した港には、連休中クルーズ船・にっぽん丸が初寄港、地元民の熱狂的な歓迎を受けた。

脇の通路の突き当たりのガラス張りドアを開けると、だだっ広い屋外に、展望デッキが開けていた。港に繋がれた貨物船が数隻、このご時世クルーズ船はないが、海に漂う船群は旅情をそそる。

ベンチに座って、ひととき情景を楽しんだ。日が落ちるまでには間があるので、一旦館内に戻り、1階に降りて、広大なロビーを見学、柱に石川らしい九谷焼や輪島塗り、加賀友禅のデザインがしつらえられ、目を惹く。

伝統工芸シンボルモニュメントは、お馴染みの金箔(石川は産出量99%を誇る)も施され、鮮やかな仕上がりだ。色とりどりに散らされた三角波と戯れる虹色の鳥は極楽鳥を思わせ、加賀友禅の艶麗(えんれい)さには見とれた。

左手突き当たりの壁は木造で波のようなデザインの彫りがあり、明かりを受けてまさしく波紋のようにゆらゆらと浮き上がり、幻想的な空間を醸し出す。まるで海の底みたいな漂流感を漂わせていた。

全面ガラス張りの窓にドア、海に面する屋外に出ると、波のちゃぷちゃぷ貨物船の舷を叩く音、潮の香りがほのかに漂い、涼やかな海風が撫で過ぎ、港の海らしい情緒を漂わせていた。直(じか)に日本海の息吹きに触れて、やはり海はいいなあと思った。

1番目立つ近くの青い貨物船には、白抜きの文字で「あまくさ」との船名か銘打たれていた。長崎発だろうか。客室はないけれど、貨物に紛れ込んで密航、九州に行きたくなった。船旅は旅情をそそる。クルーズツアーにはずっと憧れているが、コロナが終息しないことには難しそうだ。

館寄りの一角には、「おもてなしの庭」がしつらえられ、春の季節に合わせた日本3名山のひとつ、霊山・白山に咲く草花か丹精され、加賀友禅で染め抜いた朱基調の鮮やかな花嫁のれんが架かっていた。

花嫁のれんとは、能登地方の風習で、嫁いだ女性が、仏間の入り口に架けられたのれんを潜り抜けて、嫁ぎ先のご先祖さまが祀られた仏壇にごあいさつ、嫁入りしたことを認めてもらう儀式だ。

館外の「おもてなしの庭」には、能登地方に伝わる鮮やかな花嫁のれんがしつらえられている。

そのうち、日が傾き始めたので、2階のデッキに戻り、沈む太陽を目の当たりにできる位置に立った。アマチュアカメラマンらしき男性が2人、3脚の上のレンズを覗いていた。

斜陽はシロップのように溶けだしている。周りの淡いマーマレド色に染まった雲が棚引いて、辺りがもやっと、あわあわした煙のような不思議な色合いに刷かれていた。見上げる空には、まるで版画を思わせる、白い斑の帯状の雲が広がり、飛行機雲が1本、刻々と過ぎるにつれ、白い真一文字の飛行機雲はくっきり2本浮かび上がった。

日が落ちると、ライトアップタイム、目の前の貨物船にも灯がともり、丸いライトを一定間隔で埋め込んだデッキの床もオレンジの光に輝き出した。

デッキの端の近くの屋外に5色のライトアップ用照明塔があって、海に面する屋外テラスを彩り、刻々と色を変え、フロアに映し出された波模様が加賀五彩(友禅に使われる基色)に合わせて、黄土から藍、古代紫、草(緑)、臙脂(えんじ)と5分ごとに変わっていく。金沢港大橋はじめ3キロにわたって港一帯も照らし出されるのだ。

古代紫の光に染め上げらた海は幻想的で、逢魔が時の暮れ初めた空のように妖しく、立ち去りがたい美しさだったが、最終バスの時刻(19時10分)が迫っていた。

このままここにとどまって、ライトアップの光の魔術、五彩に移り変わる港の変幻を心ゆくまで楽しみたいと名残惜しかったが、妖艶(ようえん)な紫に染まった夜景と紫紺の海を目に焼きつけるようにして、その場を去った。館外に出ると、波をかたどった屋根は白く明るい灯で縁取られ、1階の正面左手がコバルトの縦縞模様で彩られていた。

バスが回り込んで、車窓からライトアップされた建物を振り返って、白い波と青い海の象徴と気づいた。往復580円で目一杯楽しめるクルーズターミナル、また海が見たくなったら、ここに来ようと思った。

いろいろ見るところが多くて、日が落ちてからのライトアップを堪能できなかったので、次は日没後はデッキにとどまり、色の変遷だけを楽しみたい。海の見えるレストランでの食事も忘れず、堪能したい。

月下に浮かび上がる金沢城公園の五十間長屋。

子連れの家族で来ても楽しいし、カップルのデートコースとしても最適、お勧めスポットた。金沢の観光コースに新名所が加わったと言っていい。

〇連休余話/ライトアップの金沢城下コンサートを楽しむ

巷に、3年ぶりに規制のないゴールデンウィークを満喫する行楽客が溢れる中、密を避けて私はステイホーム、が、近場で楽しめるイベントには参加した。

日本3大名園の兼六園が19時からのライトアップを無料開放、徒歩で行ける隣接の金沢城公園もライトアップされ、月下人口灯に浮かび上がるお城の幻想的な美しさに感嘆の息が漏れた。

3層の菱櫓から続く2層の五十間長屋、橋爪門に至るまでの部分(2001年に3年4カ月の歳月をかけて復元)は、青白く浮き上がり、橋爪門側の堀割には、半月が映し出され、ゆらゆら揺れている。なまこ壁といって、壁面に平瓦を並べ、目地に白い漆喰をかまぼこ型に盛り上げた昔年の壁塗り様式が夜目に美しく、灯に映えて目を惹いた。

広大な芝地の奥まった裏手にある鶴の丸休憩所では、5月3日の19時から3日連続で無料のミニコンサート開演、毎夜通ってクラシック演奏を堪能させてもらった。鶴の丸の由来は、本丸の前田利長夫人(永姫、1574-1623)がこの郭に白い鶴が舞い降りるのを見て、お家が永く栄える瑞祥と、鶴ノ丸と名付けたそうな。

金沢駅前の県立音楽堂をはじめ、各所で、「風と緑の楽都音楽祭」が開催中で、本格的なクラシック演奏を有料で楽しめたが、混むだろうと、パスしたのだ。はからずも、演者は音楽祭関連、短時間でも無料で楽しめるのだから、願ってもなかった。

初日はフルートとチェロ、ハープの女性ばかりの三重奏、フルート奏者の加賀友禅をあしらった純白のドレスが夜目にきらきら光って素敵だった。兼六園の霞が池をイメージしたものらしい。淡いブルー地の裾に友禅を染め抜いたドレスのハープ奏者の甘い音色に聞きしれた。

2日目は金管楽器、トランペット2、トロンボーン、ホルン、チューダーの男性4人に紅一点の合奏、ビートルズを2曲やってくれ、下弦の月とライトに青白く浮かび上がった鶴の丸城、夜に舞う蛍、とろけるような吹奏楽による幻想的な野外コンサートに酔いしれた。

月下に金沢城公園のなまこ壁が浮き上がり、美しい。

MCのトロンボーン奏者の説明から、トロンボーンが神の楽器とか、天使の楽器と言われることを知った。2人のトランペット奏者の1人は黄金の靴を履いていた。淡青から紫に深く染め替えられていく夜に浮かび上がる黄金(こがね)の城は、妖美この上なかった。向こうの木叢で、ちかちかきらきら輝くものがあり、蛍だと気づいた。

ハイライトは最終日3日目、ウクライナからの母娘のチェロ合奏、半月とライトアップされた櫓、紫紺の闇にチェロの柔らかく低い音色が溶けて、甘い眠りを誘う。ロシアの作曲家によるメロディをあえて選んだのには、平和への祈りも込められていたのだろうか。

帰りは、手毬をかたどったような臙脂、黄、緑、紫と色とりどりの光の玉が目もあやな「おもてなしの庭」経由で、兼六園のライトアップされた松の新緑が黒い池面にくっきり映し出される幻想的な夜の庭園を周遊したり、鶴の丸休憩所の裏手から回り込んで坂下に降りて、丹精された日本庭園・玉泉丸庭園(加賀藩代々の藩主が愛でた大名庭園)が3つの灯、夕焼けから宵、夜更けの月見の庭に移り変わる様を見学したり、ゴールデンウィーク中のライトアップイベントを3日間満喫して、家路に着いた。

遠出しなくても、身近な娯楽を存分に楽しめた。コロナ下連休のささやかな楽しみである。
(「インド発コロナ観戦記」は、92回から「インドからの帰国記」にしています。インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からインドからの「脱出記」で随時、掲載します。

モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、コロナウイルスには感染していません。また、息子はラッパーとしては、インドを代表するスターです。

2022年9月4日現在、世界の感染者数は6億0439万0381人、死者は649万5117人(回復者は未公表)です。インドは感染者数が4446万2445人、死亡者数が52万8007人(回復者は未公表)、アメリカに次いで2位になっています。編集注は筆者と関係ありません)。