突拍子もない設定、バカバカしいネタも楽しめる「ガンズ・アキンボ」(310)

【ケイシーの映画冗報=2021年3月4日】ギリシャ神話に登場するミダス王(Midas)の、強欲な人物としての逸話に「自分の手でふれたものを黄金にする」というものがあります。ミダス王はこの力を神に願い、かなえられますが、飲食物もすべて黄金になってしまい、飢えに苦しみぬき、深い我欲を悔いるというものです。

現在、一般公開中の「ガンズ・アキンボ」((C)2019 Supernix UG (haftungsbeschrankt). All rights reserved.)。海外では2020年3月から順次公開されてきたが、日本では2月26日から公開され、興行収入は83万9252ドル(約8400万円)。

人間の手は、まさに“利器”でさまざまな利得を与えてくれますが、危険性もあります。ネット上での“書きこみ”によって派生したとされる死亡事件(いわゆる指殺人)もあり、1月からは「アノニマスー警視庁“指殺人”対策室」というテレビドラマも放送されています。

ゲームのプログラマーとして働くマイルズ(演じるのはダニエル・ラドクリフ=Daniel Jacob Radcliffe)は、ネット世界にどっぷりと漬かっていて、仕事もおろそかにしがちでした。最近では恋人のノヴァ(演じるのはナターシャ・リュー・ボルディッソ=Natasha Liu Bordizzo)とも別れ、日常の鬱憤を指先から打ちだす、ネット上での過激な発言で発散していました。

ある夜、マイルズは過激な殺人ゲームを実況配信している“スキズム”を発見し、ゲーム主催者に侮蔑的かつ挑発的な発言を書きこみます。すると、ゲームを仕切るリクター(演じるのはネッド・デネヒー=Ned Dennehy)がマイルズの自宅を襲撃し、かれの両手にピストルをボルトで“結合”し、さらに“スキズム”の最強ファイターであるニックス(演じるのはサマラ・ウィーヴィング=Samara Weaving)との“決闘”がセッティングされてしまいます。

状況の変化に戸惑うマイルズですが、かつての恋人ノヴァもリクターに狙われていることを知り、逆襲に出ることを決意します。主人公のダメ青年マイルズを演じるダニエル・ラドクリフは、人気映画シリーズ「ハリー・ポッター」(Harry Potter、2001年から2011年)の主人公ハリー・ポッター役として知られていますが、成功の一方で10代からアルコール依存に陥り、また俳優になったのも、学校生活になじめなかったことが理由の一つであったといった、厳しい内面も公表しています。

そんなキャラクターも手伝ってか、ラドクリフは“一風変わった”人物を演じることが多いように思えます。近作「スイス・アーミー・マン」(Swiss Army Man、2016年)の万能の死体“スイス・アーミー・マン”役などは、その典型でしょう。

“両手に銃を固定された男”が本作「ガンズ・アキンボ(二丁拳銃)」(Guns Akimbo、2019年)の根幹ですが、監督・脚本のジェイソン・レイ・ハウデン(Jason Lei Howden)によれば、本作は“ほんの思いつき”だったようです。

「(前略)ある人に、僕は、漠然と持っていた『ガンズ・アキンボ』のコンセプトを話したんだ。すると『面白そうだね。脚本はあるの?』と言われたんだ。僕が、「ありますよ」と嘘の答えをすると「見せてくれる?」と言う。(中略)速攻で執筆に着手した。
2週間、スターバックスに入り浸りで作業したんだよ」(パンフレットより)。

その脚本をもとにスタートしたわけですが、
「ゴーサインが出るのに6カ月もかかってしまった。実際の撮影は40日。ポストプロダクションには1年がかかった」(パンフレットより)

ひとつの映画作品には、これだけ時間がかかるのですから、“思いつき”だけで仕上がるものではないことが理解できます。

ハウデン監督は、当初からマイルズ役にラドクリフを推していたそうですが、キャリア豊富なラドクリフが引き受けてくれるかどうかは不安だったそうです。ネットでの最初のミーティングで、結論は出ていたようです。

「彼は開口一番“すごく良い脚本ですよ!たっぷり笑わせてもらいました!気に入りました”と言ってくれたんだ」(「映画秘宝」2021年4月号)
ということで、ハウデン監督もホッとしたことでしょう。

“両手に拳銃”とは、突拍子もない設定ですが、ところどころにリアルなシーンもあります。たとえば、銃を暴発させたマイルズが銃声のすごさを独白する(本物の銃声は数キロ先まで轟きます)ことや、両手に銃があることで、あらゆる日常生活に苦労するシーンです。

とくに後者の映像表現において、「僕は家にあった水鉄砲を2丁、テープで手にくっつけてみた。その状態でコーヒーを淹れようとしたり、ドアを開けようとしてみたりしたけど、全然できなかった・・・」(パンフレットより)
というハウデン監督の努力は実を結んだといえるでしょう。たしかにバカバカしいネタではありますが、1本の映画として楽しめることは確かだと思います。

次回は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を予定しています。(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。