京橋センターでポスターに見る西部劇、柳下毅一郎、浜口幸一ら語る

【銀座新聞ニュース=2013年1月11日】東京国立近代美術館フィルムセンター(中央区京橋3-7-6、03-5777-8600)は1月8日から3月31日まで7階展示室で「西部劇(ウェスタン)の世界 ポスターでみる映画史パート(Part)1」を開いている。

西部劇1駅馬車

東京国立近代美術館フィルムセンターで3月31日まで開催中の「西部劇(ウェスタン)の世界 ポスターでみる映画史パート(Part)1」に展示されているポスター「駅馬車」(1939年、画像は1962年リバイバル版)。

東京国立近代美術館フィルムセンターは2013年から所蔵する映画ポスターを元にして、過去の映画の歴史を振り返る新シリーズ「ポスターでみる映画史」をスタートすることにし、その第1回目として「西部劇(ウェスタン)の世界」を選んだ。

東京国立近代美術館フィルムセンターによると、「西部劇(ウェスタン)」は開拓期アメリカの大自然を背景に、フロンティア・スピリットに燃える人々の姿、荒くれ者や保安官の豪快なガンファイト、画面にあふれる詩情によって世界の映画ファンを魅了し、「映画芸術に与えた貢献は不滅」としている。

監督のジョン・フォード(John Ford、1894-1973)とジョン・ウェイン(John Wayne、1907-1979)のコンビによる作品、ゲイリー・クーパー(Gary Cooper、1901-1961)、ジェームズ・スチュワート(James Stewart、1908-1997)ら往年のスターの出演作からクリント・イーストウッド(Clinton Eastwood)さん、ケビン・コスナー(Kevin M.Costner)さんらが挑んだ近年の西部劇まで、戦後に公開された名作の日本版ポスターを通じてその系譜をたどる。

また、ワイアット・アープ(Wyatt B.S.Earp、1848-1929)やビリー・ザ・キッド(Billy the Kid、1859-1881)といった実在の人物像の映画化に注目したほか、アメリカ・ハリウッドのほか、イタリアの「マカロニ・ウェスタン」をはじめとするヨーロッパ産西部劇にも触れ、これを日本映画に移植しようとした試み(鍋焼きウェスタン)も解説する。

会場は「不滅の二人-ジョン・フォードとジョン・ウェイン」、「西部のヒーローとアンチ・ヒーローたち」、「永遠なる西部-戦後ウェスタンの輝き」、「変貌する西部劇」、「マカロニ・ウェスタンの世界」、「ヨーロピアン・ウェスタン、そして和製西部劇」に分けて展示する。

ウイキペディアによると、「西部劇」はアメリカの西部開拓時代(19世紀、特に後半の1860年代から1890年代にかけて)を舞台にした映画で、サイレント映画の登場とともに、アクションを売り物にした多くの作品が制作された。その後、トーキーが普及するとジョン・フォードの「駅馬車」(1939年)など、アクション映画の作品が発表された。これらは基本的に主人公は白人で、馬による追跡劇が盛り込まれ、「勧善懲悪」を骨子とし、騎兵隊を「善役」、インディアン民族を「悪役」とした。

1960年代に入ると、人権意識の高揚とともにインディアンや黒人の描き方が糾弾され、露骨な「勧善懲悪」は控えられるようになり、1950年の「折れた矢」の公開から「異民族間の衝突」をテーマにしたものが増え、黒人問題を扱ったエリア・カザン(Elia Kazan、1909-2003)監督の「ピンキー」(1949年)がヒットした。

西部劇の転換点となるのが1970年の「小さな巨人」と「ソルジャーブルー」で、「ソルジャーブルー」は1864年のサンドクリークの虐殺を基に、インディアンと白人兵をそれぞれ同情的に描いた数少ない作品のひとつとされている。

初期の西部劇映画はインディアンをヒーローとして扱ったものもあったが、西部劇がアクション中心の娯楽作劇に移行すると同時に、インディアンは「フロンティア」を害する悪役とされた。しかも、劇中に登場するインディアンは、馬にまたがり、派手な羽飾りをつけ、手斧を振り回し、ときの声を挙げて襲ってくるが、馬にまたがり、羽飾りをつけるまでが事実で、それ以外はでたらめという。彼らの衣装も、撮影所のデザイナーが考え、しかも非インディアンの白人たちが演じた。

こうしたステレオタイプな西部劇に対して、俳優のマーロン・ブランド(Marlon Brando、1924-2004)は、1973年に映画「ゴッド・ファーザー」でアカデミー主演男優賞を受賞した際の授賞式に「インディアン女性」を代理出席させ、ハリウッド西部劇において、いかにインディアンが理不尽な扱いを受けているかメッセージを代読させ、受賞を拒否した。

しかも、この「インディアン女性」は実はフィリピン系女性で、ハリウッド映画界は大騒ぎとなり、これにより西部劇は本来あるべき政治的にデリケートなジャンルとなったとしている。

一方、ドイツ、イタリアなどでも西部劇が制作され、イタリア製西部劇映画(「スパゲティ・ウェスタン」が正称だが、日本では「マカロニ・ウェスタン」と改められた)は、1965年の「荒野の用心棒」が大ヒットすると、アメリカの中堅の西部劇スターが大挙して出演し、一時的に大ブームを引き起こした。しかし、ブームに便乗しただけの駄作も多く、客の支持を失い衰退に向かった。

マカロニ・ウェスタンはアクションと残酷シーンを売り物に、史実を無視した自由な発想で制作され、ロケ先もメキシコやスペインの荒涼とした砂漠地帯を選んだ。日本で西部劇を模して制作された小林旭(こばやし・あきら)さん主演の「渡り鳥」シリーズなどの無国籍映画が作られ、マカロニ・ウェスタンに対して「鍋焼きウェスタン」と呼ばれた。

また、会期中、専門家によるギャラリートークを開く。
1月31日16時30分から元東京国立近代美術館フィルムセンタースタッフで、映画研究家の畑暉男(はた・あきお)さんが「私の西部劇体験」と題して、西部劇について語る。

2月23日15時から東京国立近代美術館フィルムセンター客員研究員で、早稲田大学川口芸術学校副校長で映画研究者の浜口幸一(はまぐち・こういち)さんがアメリカの西部劇について語る。

3月23日に映画評論家で翻訳家、多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科非常勤講師の柳下毅一郎(やなした・きいちろう)さんがイタリア西部劇について語る。

畑暉男さんは1935年東京都生まれ、日本大学芸術学部を卒業、キネマ旬報編集部に入社、その後、教育映画製作者連盟(現映文連)を経て、東京国立近代美術館フィルムライブラリーに入社、1970年に退館して、フリーのライターとして映画について執筆している。

浜口幸一さんは1959年東京都台東区生まれ、早稲田大学大学院博士課程を修了、アメリカ・ニューヨーク大学大学院修士課程を修了、アメリカ映画史を専攻し、1988年から「キネマ旬報」のワールド・リポート/USAの執筆を担当し、現在、早稲田大学川口芸術学校副校長。

柳下毅一郎さんは1963年大阪府生まれ、東京大学工学部建築学科を卒業、在学中は、「東京大学SF研究会」に属し、卒業後、宝島社に勤務、雑誌「宝島」などの編集を担当し、フリーとなり、連続殺人、猟奇殺人、映画、海外SF、それに隣接する海外前衛文学(コミック含む)などについて、評論、エッセイなどを執筆し、翻訳している。映画評論は雑誌「映画秘宝」を中心に活動しており、ヨコハマ・フットボール映画祭の審査委員長を務めている。妻は、サイレント映画伴奏者のピアノ奏者の柳下美恵(やなした・みえ)さん。

料金は一般200円、大学生、シニア70円、高校生以下無料。トークイベントは来場者は無料で参加できる。

注:「浜口幸一」の「浜」は正しくは旧漢字です。