勝者の論理でなく、敗戦の日本にも敬意を示した「ミッドウェイ」(298)

【ケイシーの映画冗報=2020年9月17日】現状での渡航は難しいですが、ハワイにある太平洋航空博物館(Pacific Aviation Museum Pearl Harbor)は、大東亜戦争の発端となったアメリカ海軍の一大拠点であるパールハーバー(真珠湾)にあり、展示場のひとつである79番格納庫には、日米開戦の発端となった真珠湾攻撃(1941年12月8日、現地時間では7日)で日本機の放った銃弾による弾痕が、いまも残されています。

現在、一般公開中の「ミッドウェイ」(Midway (C)2019 Midway Island Productions, LLC All Rights Reserved.)。制作費が5950万ドル(約59億5000万円)で、興行収入が世界で1億2546万ドル(約125億4600万円)。

この“真珠湾攻撃”からおよそ6カ月後の、日米の戦いの分岐点となった“ミッドウェイ”での戦いまでを描いたのが本作「ミッドウェイ」(Midway、2019年)です。

日本海軍のトップである山本五十六(やまもと・いそろく=1884-1943、演じるのは豊川悦司=とよかわ・えつし)は、アメリカとの戦いに否定的であったものの、結果的には1941年12月の開戦直後に、アメリカ海軍に大きなダメージをあたえることに成功します。

一方のアメリ海軍(United States Navy)では、あらたにチェスター・ニミッツ(Chester Nimitz=1885-1966、演じるのはウディ・ハレルソン=Woody Harrelson)が太平洋艦隊(United States Pacific Fleet)の司令長官となり、残された戦力で日本に戦いを挑み、1942年の4月には、空母から陸上用の爆撃機を飛ばすという奇策で東京を空襲します。

日本に迫るアメリカ艦隊を警戒するため、太平洋上のアメリカ領ミッドウェイ島を攻略することを山本は計画します。ミッドウェイ島を攻撃すれば、アメリカの空母も出てくるはずで、危険な敵空母も葬り去ることも期待される壮大な作戦でした。

暗号解読によって日本海軍の意図を察知したニミッツは、修理中の空母まで繰り出し、ミッドウェイでの迎撃作戦を準備するのでした。

監督のローランド・エメリッヒ(Roland Emmerich)はドイツ出身で、SFアクションから歴史大作まで、広く手がける人物で、その持ち味はCGを効果的に多用したインパクトのある映像表現にあります。その一方で、細やかな気配りを感じさせる表現も見受けられます。本作でも、日本人の演じる海軍軍人の会話は、日本語のままとなっており、基本的にセリフは英語に統一するハリウッド作品としては、珍しいシーンとなっています。

「ドイツ人としての責任感があった。日本人を単なる敵としてではなく、敬意をもって描くことを心掛けたよ。(中略)二度と起きてはならない戦争を描いたこの映画を日本の海軍軍人たちに捧げる内容にしたかった」(パンフレットより)

こうしたエメリッヒ監督の意識は、山本五十六を演じた豊川悦司にも伝わったようで、監督の「勝った米国が正しく、負けた日本が間違い、という視点では作らない」という言葉から、「きっとフェアな作品になると思った」(2020年9月4日読売新聞夕刊)と感じたそうです。

劇中、日本海軍も陸軍との兼ね合いから自在に戦えなかったことが表現されますし、アメリ海軍も限られた戦力しかない状況での戦いであることも伝わってきます。

戦争終結から75年が経ち、自分も含めて戦後生まれが多数を占めるのは、時代の必然といえます。“経年変化”は、避けることができません。そんななかでも一定数の「戦争映画」というジャンルが存在することは決して無意味なことではないはずです。

豊川も「歴史は風化していく。ありきたりかもしれないけど、やっぱり若い人に見てほしい」(前掲紙)と、本作への思いを述べています。

冒頭に記した博物館には、本作に登場するゼロ戦(実物)やアメリ海軍の戦闘機や爆撃機も展示されていますので、機会があれば、足を運ぶことをおすすめします。

最後になりますが、本作に関する逸話を紹介させてください。歴史に明るい友人に教わったものです。真珠湾攻撃にもミッドウェイ海戦にも参加した旧日本海軍のパイロット大多和達也(おおたわ・たつや、1919-没年未確認)の著作に、こう記されているそうです。

著者がアメリカのジャーナリストとのやりとりです。
「(前略)わが機動部隊が日本を出たことも、ミッドウェーを攻撃することも、わかっていたのですか?」
「もちろんです。あなたたちが日本を出港する二週間も前でしょうか、エンタープライズとヨークタウンの両空母は、ハワイからミッドウェーへ飛行隊を輸送し、再度出撃して待機していたのです。あなたたちオフィサーが、酒を飲んではゲイシャ・ガールに聞かせていたそうですね。そんなところから情報が洩れていたんですねえ」(「予科練一代 ある艦攻パイロットの悪戦苦闘記」大多和達也著より)

次回は「TENET テネット」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、「ミッドウェイ海戦」は1942年6月5日(アメリカ時間4日)から7日にかけて日本海軍とアメリカ海軍の間で行われた海戦で、日本海軍は投入した空母4隻とその搭載機約290機のすべてを失った。

主な戦力は日本側が航空母艦4隻、戦艦2隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦12隻、艦載機248機、水上機16機など。アメリカ側が航空母艦3隻、重巡洋艦7隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦15隻、艦載機232機、基地航空機101機、飛行艇31機、水上機1機、潜水艦20隻。ほかにミッドウェー島守備隊が3000人いた。

主な損害は日本側が航空母艦4隻沈没、重巡洋艦1隻沈没、重巡洋艦1隻損傷、駆逐艦1隻損傷、、戦死者3057人(航空機搭乗員の戦死者は110人)。アメリカ側が航空母艦1隻沈没、駆逐艦1隻沈没、戦死307人(航空機搭乗員戦死者は172人)となっている。