【ケイシーの映画冗報=2024年3月28日】先日、開催されたアメリカの第96回アカデミー賞では、日本の「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」が視覚効果賞を、「君たちはどう生きるか」が長編アニメ賞を受賞しました。昨年は、主要キャストと監督が中国系の「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(Everything Everywhere All at Once、2022年)が作品、監督賞をはじめ、主要7部門を占めており、ハリウッドでも、アジア系の映画人の活躍が評価されるようになっています。
「ゴジラ-1.0」と「君たちは」は、居並ぶアメリカ作品と同列の評価となっており、“海外枠”のようになっていないことも、意義あることだと感じます。
そのタイミングに合わせたように劇場公開されたのが、本作「私ときどきレッサーパンダ」(Turning Red、2022年)です。2年前に公開予定でしたが、コロナウィルスの影響で公開中止となり、ネット配信での視聴(2022年3月11日からDisney+で配信)となっていたのですが、ようやく、劇場のスクリーンで観ることが可能となりました。
2002年のカナダはトロント市、中国の伝統的な家系に生まれた13歳の少女メイ・リー(声の出演は佐竹桃華、劇場公開は吹替版のみとなっています)は、チャイナタウンにある実家の寺院を手伝いながら、優等生としてふるまい、母親のミン(声の出演は木村佳乃)にとっても、自慢のひとり娘でした。
そんなメイには、ユダヤ系のミリアム(声の出演は関根有咲=ありさ)たちと4人でグループをつくり、男性アイドル「4★TOWN(フォー・タウン)」に憧れ、趣味のイラストを描くといった中学生としての日常も楽しんでいました。
ある朝、目覚めたとき、自分が巨大な赤い“レッサーパンダ”になっていたことでパニックになるメイ。なんとか誤魔化そうとしますが、ミンに見られてしまいます。そこでミンはリー家の女性には代々、思春期に巨大なレッサーパンダになってしまうことを伝えるのでした。
遠いご先祖が危機に直面したとき、レッサーパンダに変身して戦ったことで窮地を脱したときから、この現象は一族の女性に引き継がれているというのです。
一時はショックを受けたメイでしたが、ミリアムたちには好意的に迎えられ、変身もコントロールすることができるようになります。やがて「4★TOWN」のトロント公演にミリアムたちと行くための資金稼ぎとして、レッサーパンダとなって料金を集めるメイたちでしたが、ミンからは変身を禁じられます。変身を繰り返すとやがては人間に戻れなくなるというのです。自分の将来か、それとも今の仲間との友情、そして熱望するコンサート。悩みに悩んだメイの決断は。
本作はディズニーのアニメ部門といえるピクサー・アニメーション・スタジオ社が制作しており、在アメリカの会社なのですが、作品の舞台は隣国カナダのトロントと明示され、年代も2002年と特定されています。また、学校などをのそき、ほぼ全編がチャイナタウンでストーリーが展開されます。世界規模でのマーケティングを意識する、ディズニー&ピクサーの制作としては、現実世界に寄せた具体的な物語設定は、かなりの少数派です。
これは監督、脚本のドミー・シー(Domee Shi)のパーソナリティが本作の根幹になっており、だからこそ生まれた作品であるからでしょう。
中国生まれでカナダ育ちのシー監督は1989年生まれということですから、2002年には中学生で、作中のメイたちと同世代、というより、メイが彼女の分身なのだと感じます。彼女がイラストを描いているのも、シー監督の過去ではないでしょうか。母親のミンにその絵を見られ、恥ずかしさで気落ちしますが、これも自身の経験かもしれません。
メイの友人たちもユダヤ系、インド系、韓国系と、いわゆる“白人”の人々ではありません。男性アイドルのメンバーもフランス系(カナダの一部はフランス語圏)や韓国系の名前で、多国籍な位置づけをされています。
そして、メイが持ち歩いているのが日本製の携帯ゲーム機「たまごっち」で、シー監督もかつて楽しんでいたそうです。また、日本の特撮映画の影響を強く感じさせる映像がクライマックスに用意されていたりと、従来のピクサー作品とは異なった仕上がりとなっています。
なお、シー監督は2018年の監督デビュー作「BAO(バオ)」で5年前のアカデミー賞短編アニメ賞を受賞しています。8分の短編ですが、赤ん坊が成人し、親元を離れるという数十年の時の流れを濃密に表現した良作です。
デビュー作がアカデミー賞というのは希少で、シー監督も間違いなく、豊かな才能を持った映画人なのでしょう。次回は、本年度のアカデミー賞で、作品賞のほか7部門を受賞した「オッペンハイマー」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。