「不惑」は論語?でも40過ぎて迷い、60前でも耳を傾けるよ(398)

【tamaoのOL独り言=2023年12月28日】12月はあっという間に過ぎ、もうあと数日で新年を迎えます。今年あったことということで過去数回を書いてきましたが、振り返ってばかりもいられず、でもこの年末に「そーだったのか!」と思ったことがあるんです。

青いカーネーションの花言葉は「永遠の幸福」だそうです。2024年は紛争の決着がつきますように。

論語にある言葉なんですけど、「不惑(ふわく)」って40歳を表す熟語なんですが、論語からって知らなくて。いい機会なので、他の年齢を表す熟語も紹介します。15歳は「志学(しがく)」、30歳は「而立(じりつ)」、40歳は「不惑」、50歳は「知命(ちめい)」、60歳は「耳順(じじゅん)」、70歳は「従心(じゅうしん)」。

15歳で学問を志し、30歳で自立でき、40歳で迷うことなく、50歳にて天から与えられた使命を知り、60歳で人の言葉に素直に耳を傾けることができ、70歳で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなるという言葉なんですけれども、どのように思われますか?

この中で、「不惑」というのをどなたかが使われて、印象に残っていたのですが、どなたかが使っていたその時点でも、今でも頷けたり、頷けなかったりしています。きっと15歳で学問を志す人が、こんな思いを抱くのであろうと思っていました。でも、人の言葉に素直に耳を傾けるのは、60歳よりも前でもいいですよね。それに現代はいろいろなことがあるから、40歳過ぎて、迷ってもいいですよね。

煩悩は「108」あると言われているので、今年も大晦日に鐘を突きに行きますが、その前に部屋の整理、整頓をして、2024年も迷いながらも生きていこうと思う年末でした。来年もよろしくお願いします。よいお年をお迎えください(敬称略、中堅企業に勤めるOLのタマオさんが日常の生活について思っていることを不定期に書きます。注書きは著者と関係ありません)