既視感のあるスパイ映画を、新鮮に感じさせる「アーガイル」(389)

【ケイシーの映画冗報=2024年3月14日】女流作家のエリー・コンウェイ(演じるのはブライス・ダラス・ハワード=Bryce Dallas Howard)は、敏腕エージェントのアーガイル(演じるのはヘンリー・カヴィル=Henry Cavill)が活躍する小説で評判となっていましたが、次回作に悩んだことで列車での旅行に出ます。

3月1日から一般公開されている「ARGYLLE/アーガイル」((C)Universal Pictures)。製作費が2億ドル(1ドル=140円換算で280億円)で、北米での興行収入は2月13日までに3000万ドル超(約42億円)、世界では3320万ドル(約46億4800万円)となっている。アップルが2億ドルもの製作費を投じたことで話題になっている。

その列車内で、何者かに襲われたエリーを救ったのは、エイダン・ワイルド(演じるのはサム・ロックウェル=Sam Rockwell)と名乗る男でした。自分の生み出した架空の存在である“アーガイル”とエイダンのイメージが交錯することに戸惑うエリーでしたが、エイダンは重大なことを告げます。

彼女の小説が現実におこなわれるスパイ戦の“予言の書”となっており、そのために作者であるエリーが、闇の諜報組織から命を狙われているといういうのです。なぜ、エリーの小説が現実世界と重なっているのか。架空のはずの“アーガイル”を彼女はなぜ、強くイメージするのか。こうした謎に加えて、エリーにも、本人すら知らない、おおきな秘密があるのでした。

本作「ARGYLLE/アーガイル」(Argylle、2024年)の「自分も知らない過去によって、人生が一変する」というストーリーは、これまでも作品化されてきました。“ネタ”としては普遍的ですが、本作の監督のマシュー・ヴォーン(Matthew Vaughn)は、こうしたプロットにひとひねり、ふたひねりを加えて、魅力的な良作を仕立ててしまう才人です。

「スパイ映画に対して世間のイメージは定番化してしまっている」とするヴォーン監督は、「新たな物の見方や視点を提案することを目指した。新しい作品を作る時は、もし自分が観客なら何が観たいか、また、今までに観たことのない、予想も出来ないような物語とはどんなものだろうか、と考えていくんだ」(パンフレットより、以下同)と、作品づくりについて語っています。

「意図的にスタンダードを外し、観客に予想させない」という志向は、キャスティングにも反映されています。女流作家エリーを演じたブライス・ダラス・ハワードは父方の祖父や父親が映画監督という芸能一家で、幼少期から映画界で活躍していますが、アクション作品の印象は強くありません。

「役に結び付かない俳優をキャスティングすることで、既視感のあるものでも新鮮に感じるものだ」というヴォーン監督の狙いは、エリーを助けるエイダン役に、こちらもアクションのイメージが薄い、サム・ロックウェルを配したことでもうかがえます。

野心家の企業オーナーからケチなサギ犯、アメリカ大統領から田舎の警官までと、さまざまなキャラクターを演じてきたロックウェルですが、意外なことに、これまで本格的なアクションの経験はなかったのです。

「観客は、サム・ロックウェルを直ちにスパイとは認識しないだろう。それこそがまさにスパイの本質なんだ」とヴォーン監督は表現しており、ロックウェルも、「マシューは常識に囚われないキャスティングをする。一か八かのチャンスに掛けるし、既存の枠から外れようとする。恐らく、今回はそこに私がいたのだと思う」と述べています。

一方で、架空の存在である“アーガイル”役のヘンリー・カヴィルは、ここ数年のあいだ、映画でスーパーマンを演じており、まさにヒーローの具現化といえます。他にも複数の作品でスパイ役をこなしていて、一般的な作品では、“ありきたり”でしょうが、ここでは“最強のスパイ”のパブリック・イメージとして描かれます。

なにしろ、小説の主人公ですから、“目立ってナンボ”とばかり、鮮烈なキャラクターとなっています。もっとも、世界を代表するスパイ映画のシリーズの主人公には“もっとも有名なスパイ”という表現もありますので、エンターテインメントとしては理想なのかもしれません。

ヴォーン監督はスパイ・アクションとして、故国イギリスを中心としたスパイ組織“キングスマン”の活躍を描いた「キングスマン」(Kingsman:The Secret Service、2014年)シリーズを3作、監督しており、こちらも従来のスパイ映画とは異なったアプローチで仕上げています。

じつは当初、この「キングスマン」の路線で語られるとイメージしていたのですが、アクションの描き方に過去作のテイストを見せながら、異なった仕上がりとなっており、前述の「既視感のあるものでも新鮮に感じる」という意図を強く感じさせてくれました。

なお「キングスマン」シリーズで出演した俳優が複数、異なった役柄で本作に登場しています。続編の話があるようなので、「アーガイル×キングスマン」も想定されているのでしょう。いえもう、勝手に期待しています。次回は「私ときどきレッサーパンダ」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。