今様の言葉で伝統との差異を際立たせた「身代わり忠臣蔵」(387)

【ケイシーの映画冗報=2024年2月15日】江戸期の元禄年間(1688年から1704年)、播州赤穂(ばんしゅうあこう)の藩主、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ、1667-1701)が、江戸城内で旗本の吉良上野介(きらこうずけのすけ、1641-1703)に斬りつけます。

2月9日から一般公開されている「身代わり忠臣蔵」((C)2024「身代わり忠臣蔵」製作委員会)。

吉良は手傷を負ったものの生き残り、浅野内匠頭は切腹、主君を喪った赤穂の浪人は、筆頭家老だった大石内蔵助(おおいしくらのすけ、1659-1703)を中心に赤穂藩の再興に尽力するもかなわず、亡君の討ち損じた上野介を狙って吉良邸に討ち入り、上野介の御首級(みしるし)を挙げますが、後刻、大石らは切腹となるのでした。

いわゆる「赤穂(浪士)事件」は、江戸幕府の成立(1603年)からおよそ1世紀がたち、戦国が遺風となった時代に、“命のやりとり”が披露され、赤穂浪士が刑死を覚悟して主君への“忠義”を尽くし、自刃して果てるいった結末から、事件の翌年からさまざまな形で上演されるようになりました。いわゆる「忠臣蔵」の作品群です。

それからおよそ300年、かつての勢いはありませんが、邦画では1910(明治43)年にはじまり、たびたび忠臣蔵を映像化してきました。最近では海外作品にも、忠臣蔵を原型とする作品が作られています。

本稿でも「最後の忠臣蔵」(2010年)や「決算!忠臣蔵」(2019年)を取り上げています。学生時代の研究が「忠臣蔵の戯曲」でしたから、どうしても気になるのです。

上記の2作品とも、過去の作品とは違ったアプローチで忠臣蔵を描いていました。「最後の忠臣蔵」は、討ち入りに参加しなかった浪士のその後を見せ、「決算!忠臣蔵」が記録に残る資料から、財政的な側面を中心に据えて、“カネしだい”という実情を活写していました。

本作「身代わり忠臣蔵」は、多くの作品で“逃げのびた悪役”とされる吉良上野介本人が、「実は死んでいた」という設定となっています。

有力な旗本の実子ながら末弟ということで家を出された吉良考証(たかあき、演じるのはムロツヨシ)は、漂泊の僧侶でしたが、たびたび実家に行っては家督を継いだ長兄の上野介(ムロツヨシ2役)に疎まれる日々でした。

上記のように傷を負った上野介の代役を吉良家の人々に頼まれた考証は、「吉良家の存続と報酬のため」に引き受けますが、上野介本人が亡くなったことで、そのまま実家の当主役をつづけることになります。

また、主君を喪ったことで激昂する家来を抑えながら、赤穂藩の存続を願う大石蔵之助(演じるのは永山瑛太=ながやまえいた)は、遊興にふけっていた上野介=考証と知り合って意気投合。争いを避けようと画策しますが、世情は赤穂浪士がうごき、上野介が討たれることをもとめるのでした。敵対する両者である蔵之助と上野介は、ひそかにある計画を立てます。

ひとりが犠牲になることで収まるという、その秘策とは。原作小説と脚本を手がけた土橋章宏(どばし・あきひろ)は、本作の構想について、こう語っています。

「小説は“吉良側の話を書きたい”と始めましたが、上野介に関する資料があまりなく、むしろたくさんいた兄弟のことを膨らませた方が面白くなるのではと」

そして、「実在の人物ですが、詳しい資料はほぼありません」という吉良考証という人物に辿り着いたのだそうです。

すべての作品を知悉してはおりませんが、吉良考証という人物が登場し、主役となっている忠臣蔵は、本作だけでしょう。その一方で、こんな事態にも直面しています。
「若い世代の半数が“忠臣蔵”を知らないことに衝撃を受けました」(いずれもパンフレットより)と、現代では知名度が落ちていることも実感されたようです。

主演で考証と上野介を演じた、ムロツヨシも、
「義のために敵を討つ。そういう時代があったからこそ、今の日本がある。(現代人にも)無意識に影響を与えているものだと気づかされる」(2024年1月1日付「読売新聞」)と時代の変遷を伝えています。

すこしまえに取り上げた「首」でも、戦国期でありながら現代的な台詞回しがされ、闘争だらけの状況とコントラストを描いていました。本作でも武家の世界を知らない(あるいは離れた)考証が、武家社会に生きる家臣や蔵之助とことなる、今様の言葉づかいで家柄や伝統、古来からのしきたりに生きる人々との差異を、クッキリと際立たせています。

かつての「忠臣蔵映画」は、時代のうねりのなか、「忠義のため」命をかけた人々の壮大で重厚なものが中心とされ、“討ち入り”が最大のクライマックスとなっていましたが、「最後の忠臣蔵」と「決算!忠臣蔵」」ともにほかの部分にフォーカスしています。

本作もそこに連なるとは思いますが、また違ったアプローチで楽しませてくれました。次回は「コヴェナント/約束の救出」の予定です。

(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。