未来がわかる前日譚を描き、観客を納得させた「ハンガー0」(384)

【ケイシーの映画冗報=2024年1月4日】「厳しい管理と統制が敷かれた未来社会」というイメージは、20世紀のはじめに「ディストビア(dystopia)作品」というジャンルで、エンターテインメント界で確立したといえるでしょう。発展した科学技術が「人類の進歩と調和」を指向していくはずが、「規則だらけの社会」となる作品は、さまざまな媒体で作られています。

2023年12月22日から一般公開されている「ハンガー・ゲーム0」((C)2023 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved.)。

その多くが“規制と抑圧からの解放”をもとめる主人公側の立ち位置で描かれているのも特徴でしょう。束縛を嫌い、自由を求める人間たちが描かれています。

本作「ハンガー・ゲーム0」(原題:The Hunger Games:The Ballad of Songbirds & Snakes)は、作家、スーザン・コリンズ(Suzanne Collins)の小説を映画化した「ハンガー・ゲーム」(The Hunger Games)シリーズ4作品の前日譚(プリクエル)となっていて、前シリーズで絶対的支配者であったスノー(Snow)大統領の過去を描いています。

過酷な環境から立ち直って成立した独裁国家パネム(Panem)。支配層に身を置きながら、金銭的には困窮しているスノー・一家のコリオレナース(Coriolanus、演じるのはトム・ブライズ=Tom Blyth)は、優秀な成績で高校を卒業の見込みで、大学へと進むには、国家規模のイベントである「ハンガー・ゲーム」で優勝する必要がありました。そこで奨学金を得なければ学費が払えないのです。

「ハンガー・ゲーム」は首都キャピタルに反抗的な各地域から男女1人ずつを選び、最後のひとりになるまで戦わせるというもので、今回はそのプレイヤーに“教育者”としてコリオレナースら優秀な学生をつけ、両者で優勝を競わせるという新しいルールを導入したのです。

負ければプレイヤーは死に、教育者はエリートからの脱落という状況で、有力者の師弟は実力のあるプレイヤーを与えられますが、コリオレナースに配されたのは最下層である第12地区のルーシー(Lucy、演じるのはレイチェル・ゼグラー=Rachel Zegler)で、およそ戦いには不向きですが、魅力的な歌唱力をもった少女でした。

自身とルーシーの勝利のため、あらゆる努力をするコリオレナース。“負けたらあとがない”という共通点から2人は共闘しますが、ゲームは過酷さを増していきます。しかし、このゲームは参加者だけでなく、体制側と反体制派にとって、重大な意味をもっていたのでした。

「一度、完結された作品の続編」というのは、過去作の評価という確固としたプラス面がある反面、明らかに不用なエピソードや、前作との整合性に無理が生じたりと、マイマス面も存在します。

とくに本作では、“悪辣な独裁者”となるスノー大統領の誕生の物語ということでヴィラン(悪役)誕生という、強大な独裁者のストーリーを描いていくのです。

シリーズ3作を監督し、本作も監督しているフランシス・ローレンス(Francis Lawrence)はこう語っています。「主人公はこれまでの4作品で悪役だったキャラクターだ。でも、この映画では観客がその人物に思い入れしてくれるようにしなければならない」

個人的にローレンス監督は「重圧に直面する主人公」という作品が強く印象に残っています。人間界で悪魔払いをする主人公を描いた「コンスタンティン」(Constantine、2005年)で監督デビューしてから、人類が死滅した世界で生き残った科学者が生き抜こうとする「アイ・アム・レジェンド」(I Am Legend、2007年)や冷酷な諜報戦を孤独に戦う女性スパイの「レッド・スパロー」(Red Sparrow、2018年)などが代表作といえるでしょう。

長いシリーズなので、コリオレナース役のトム・ブライス、ルーシー役のレイチェル・ゼグラーも若い世代(1995年と2001年生まれ)は、前シリーズを観たり、原作を読んでいたそうです。とくにブライズは自分が演じる人物の将来を知っているので、監督と話し合ったそうです。

「できるだけスノー大統領から離れ、観客に共感してもらえるようなキャラクターにしようと決めた」(パンフレットより)

たしかに、ハンガー・ゲームに関わることでコリオレナースは、“家族と仲間を思いやるやさしさ”だけの人物ではなく、「時には相手をだましたり、ルールをやぶったり」という、容赦のない部分もさらけ出すようになります。これを“少年期の終り”とするか“独裁者への一歩”とするかは、観客にゆだねられているのでしょう。

「同時に、あの彼がいずれあの人物になるのだということに信憑性を持たせることも大事。最後に彼がダークになる時、納得できるように。そこが今回一番難しかったところだと思う」(いずれもパンフレットより)というローレンス監督の言葉は、個人的には功を奏したのだろうと思いますね。

次回は「エクスペンダブルズ ニューブラッド」を予定しています。(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。