1年8カ月ぶり一時帰印へ、コロナ後のインドに期待と不安(139)

【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2023年10月17日】2022年3月のコロナ下帰国来、石川県金沢市のマンション(日本のベース)に滞在、早1年7カ月の歳月が流れた。この間、コロナ中、亡くなった母(2021年10月没)の1周忌や、遺産相続などの事後処理に追われたが、そのつど拙記事でご報告させていただいた。

9月29日は中秋の名月だった。私も住まいの近くの川辺で美しい満月を堪能した。橋の上には月を愛でる老若男女が右往左往し、感嘆の息を漏らしていた。

2023年5月に新型コロナウイルスが5類に移行し、規制も解除されたことで、出入国に支障はなくなったが、折しもインドはミッドサマー、現地の酷暑を避ける意図とアフターコロナの渡航事情を静観するためそのまま日本にとどまり続け、帰印のタイミングを窺っていた。そして、遅ればせながら、ようやく来月帰印の日程が定まったわけである。

2019年に急死したインド人夫と、2年後あとを追うように亡くなった義姉(現地人夫の姉)の遺灰をガンジス河に流す儀式もこのたび、つつがなく息子並びに親族の手によって果たされた。

実は、最初は私も参列予定だったのだが、ヒンドゥー教の慣習によると、妻は参列できないとのことで断念した経緯があった。理由は、故人が現世の執着を断ち切るためと言われた。妻が立ち会うと、愛着を断ち切りがたく、俗世に引っ張られ、いつまでも解脱(モクシャ= vimoksa)できないということらしい。

最初は理不尽に感じたが、そのうち納得した。私はこの4年間、肉体のない夫に生前同様頼り続け、困ったことがあると、神頼みよろしく、助けて、お願いだの、守ってとすがりついてきたが、あちら側に立ってみると、昇天しようとすると、下界の妻に引き戻され、重く寄りかかられ、閉口していたに違いない。もうそろそろ彼を解放してあげなくてはならないと、やっと気づいたのだ。

あとは遺族で何とかやっていくから、もう心配しないで、天に上がっていいよと、ようやく夫の遺影に向かって言えたわけだ。

犀川(石川県金沢市)の初秋のたそがれ。ふと、ベンガル湾の落日に重ね合わせていた。

1年8カ月ぶりのインドは、どんな顔を見せてくれるだろう。期待と不安こもごも、いまだ宙ぶらりんな気持ちのまま、今後のことなど何も決まってないが、夫在りし頃(コロナ前)のようなわけにはいかないだろう。漠然と日本に生活の比重が移るだろうことはわかっているのだが、終の棲家ということになると、第3の新天地に焦がれる気持ちもあり、現在の日本のベースに死ぬまでとどまることをよしとしない自分がいる。

とりあえずインドに戻ってみて、今後のことに思いを馳せたい。答が見つかるかどうかはわからないが、ヒントのようなものは見えてくるかもしれない。実は、インド在住の一人息子が近々身を固めそうなのだが、芸能人ゆえ公けにできず、詳細は伏せさせていただく。

★乱読ライブラリー
*「あちらにいる鬼」(朝日新聞出版、2019年、文庫化2021年)
小説家・井上光晴(1926-1992)の娘、荒野(あれの、1961年生まれ)が、作家の父と瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう、1922-2021)、亡母の三角関係を赤裸々に暴露した問題作。主人公はひとりの男を共有した2人の女の視点で、交互に章替わりで書かれる。

昭和の時代背景が書かれていないのが不満だったが、あえて端折って、内面だけを追う形の今の時代にも通ずる男女の普遍にしたかったのか、体験していない時代の描写は無難に避けたかったのか。

井上荒野が書いた「あちらにいる鬼」は2022年、映画化された。文庫の新装カバーは、瀬戸内寂聴を演じた寺島しのぶと井上光晴(=豊川悦司)の妻を演じた広松涼子で目を惹いた。

2人の女のうち、私には、井上光晴の妻の方が、印象に残った。嫉妬を超えた超然とした姿勢で夫を愛し、支え続ける賢妻、井上光晴名義の短編のいくつかは彼女の手になるものらしく、文才もあって才色兼備と、しかも料理上手で遜色がない。

夫の愛人(多数)に嫉妬しないなんて、私には考えられず、ひいては、出家した元愛人(瀬戸内寂聴)と親交を結ぶに至っては理解不能、その意味でも不思議な、謎めいた超ウーマンに映った。ちなみに、2022年11月、寺島しのぶ(「長内みはる」役)、豊川悦司(「白木篤郎」役)、広末涼子(「白木笙子」役)で映画化され、話題を呼んだ(廣木隆一監督、ハピネットファントム・スタジオ配給)。

*「絵巻で読む方丈記」(鴨長明、訳注・田中幸江、東京美術、2022年)
昨秋、図書館に入庫された新書籍に「方丈記」(1212年)があって、迷わず借りたのだが、絵巻写真入りで、現代語訳付き(訳注田中幸江)のため読みやすく、印象に残った。通読して改めて、1000年以上の時を超えて生き延びる名随筆が、400字原稿用紙にしてたった25枚の作品であったことに驚き、この短さに現代にも通ずる人生観を過不足なく散りばめた偉業に感銘を受けた。

人の一生の儚さが、12世紀の五大災厄、大火、辻風(竜巻)、遷都、大地震、飢饉に翻弄される市井の人々、親族との出世争いに破れて、山中に方丈(四畳半)の庵を結び、心の安寧を得る元神社の禰宜(ねぎ)、鴨長明(1155-1216)の晩年の隠遁生活に理想を見出した。
(「インド発コロナ観戦記」は、92回から「インドからの帰国記」にしています。インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からはインドからの「帰国記」として随時、掲載します。

モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、コロナウイルスには感染していません。また、息子の「Rapper Big Deal」はラッパーとしては、インドを代表するスターです。

2023年9月4日付で「CoronaBoard」によるコロナ感染者の数字の公表が終了したので、国別の掲載をやめてます。編集注は筆者と関係ありません)