銀座わしたで23年記念、宮古・石垣「海の幸」、マングローブ蟹も

【銀座新聞ニュース=2017年2月17日】沖縄県物産公社(沖縄県那覇市字小禄1831-1、098-859-4147)が運営する銀座わしたショップ(中央区銀座1-3-9、マルイト銀座ビル、03-3535-6991)は2月17日から26日まで「海の幸フェア」を開く。

銀座わしたショップで2月17日から26日まで開かれる「海の幸フェア」に展示されるマングローブ蟹。冷凍品も販売される。

銀座わしたショップが1994年に開店して以来23年が経つのを記念して、宮古島と石垣島の海の幸や特産品を販売する「海の幸フェア」を開く。

銀座わしたショップは売り場面積が500平方メートル以上、年間来店客数が100万人以上、年間売上額が7億円超という銀座のアンテナショップではトップクラスの実績がある。

そこで、与那覇前浜ビーチのある宮古島、国内最大のマングローブがある石垣島という自然と海に囲まれた島の地元の食材、料理を紹介する。

ウイキペディアによると、宮古島は沖縄本島から宮古海峡を経て南西に約290キロメートル、東経125度、北緯24度に位置し、太平洋と東シナ海の間にある島で、南西諸島西部の島嶼群宮古列島に属し、先島諸島の一部を成している。面積は158.87平方キロメートルで、近隣には、池間島、大神島、伊良部島、下地島、来間島などがある。池間島、来間島とは橋で結ばれており(池間大橋1425メートル、来間大橋1690メートル)、2015年1月31日に伊良部島と宮古島を結ぶ伊良部大橋(3540メートル)が開通した。

主として石灰岩からなる台地の島で、全般に平坦で、最高地点のンキャフス嶺(旧城辺町砂川小学校付近)とナカオ嶺(旧城辺町比嘉集落付近)でも標高115メートルである。川らしい川はないが、地下水が豊富で、上水道の水源として湧水や地下水が利用され、地下水を堰き止める福里ダムや砂川ダムなどの地下ダムが建設された。

宮古島を含め、池間島、大神島、伊良部島、下地島、来間島、多良間島、水納島を合わせて、宮古列島と呼んでいる。1995年に不動産登記が行われた無人島のフデ岩を含めると、宮古列島の島は9つになる。海を隔てた南西側250キロメートルには八重山列島、さらには台湾がある。

天気予報では「宮古島地方」という場合と「宮古島」という場合とがあるが、「宮古島地方」は宮古列島全域のことを指し、「宮古島」は宮古島地方のうち多良間村(多良間島及び水納島)を除く地域を指す。また、2005年10月に平成の大合併により、平良市と宮古郡城辺町、下地町、上野村、伊良部島・下地島を町域とする伊良部町の5市町村が新設合併して「宮古島市」が誕生し、人口が約5万2000人となっている。

歴史としては、1388年に宮古の豪族・与那覇勢頭豊見親真佐久(よなはせどとぅゆみゃまさく、生没年不詳)が中山国に上がり、1390年に与那覇勢頭が中山(ちゅうざん)の王(察度=さっと、1321-1395=)に八重山の使者と共に朝貢を行い、臣下の礼をとった。1429年に与那覇勢頭が朝貢した中山の尚巴志(しょう・はし、1372-1439)が琉球(第一次尚氏王統)の王となる(琉球国の成立)。

1522年に与那国島で鬼虎(うにとら)が乱を起こしたが、仲宗根豊見親(なかそね・とぅゆみゃ)に鎮圧され、仲宗根豊見親が琉球を後見として、武力で宮古と八重山を統治下におさめた。以後、19世紀・琉球処分までの約380年間、仲宗根豊見親の子孫・忠導氏(ちゅうどううじ)、利真良豊見親の子孫・宮金氏(んみゃんがーにうじ)、与那覇勢頭豊見親の子孫・白川氏(しらかわうじ)の3つの氏族が門閥を作り、宮古島の頭職をはじめ多くの官職をその子孫達が占めた。

1532年に「大嶽城の変」があり、この変を起因として「豊見親」の称号は、琉球国王の令で廃止され、このとき琉球より任命された平良大首里大屋子(うぷしゅりうぷやぐ、琉球国王の代官)と下地大首里大屋子(しもじうぶしゅりうぷやぐ)の2人が頭職として統治を始め、これをもって、宮古・八重山が実質的な琉球の統治下に入ったとされている。

1609年に薩摩藩が琉球を武力で侵攻し、琉球征伐をする。1612年に琉球が頭職を2人から3人として、宮古・八重山を検地し、1628年に島内が平良、砂川、下地の3つの間切に分けられ、この行政区分は明治末期まで続いた。1879年4月に明治政府は、琉球藩を廃止して沖縄県を設置する、いわゆる琉球処分を行った。1908年4月1日に島嶼町村制施行に伴い、平良、下地、砂川の3間切と多良間島をもって平良村、下地村、城辺村、伊良部村の4村が成立した。

1945年12月8日に琉球列島米国軍政府が発足し、1946年に南部琉球軍政府が発足した。1952年4月1日に琉球政府が発足、1972年5月15日に日本に復帰した。2005年10月1日に平良市・城辺町・下地町・上野村・伊良部町の新設合併により宮古島市が発足した。

石垣島は沖縄県石垣市に属し、面積は約222.6平方キロと沖縄県内では沖縄本島、西表島に次いで3番目に広い島で、人口が4万5000人。八重山諸島の政治・経済・教育・交通などの中心地で、那覇市とは南西に410キロ以上離れており、東京から岐阜間に相当する。台湾とは270キロしか離れていない。

2007年8月1日に石垣島の面積の約3割にあたる約7000ヘクタールが西表国立公園へ編入され、名称が「西表石垣国立公園」に変更された。これにより、かつて新空港問題で知られた白保地区などが「海中公園地区」とされ、海中公園の面積は国内最大となった。

今回、販売する商品は「蟹蔵(かにぞう)」の伊良部島産マングローブ蟹(アメノコギリガサミ)が冷凍品で約1キログラムで8000円(いずれも税込)。

友利かつお加工場の「カツオなまり節」は、カツオ節になる前の状態、釜揚げしたカツオを少し強めにスモークしたような商品で、地元では味噌汁やチャンプルーの具として使われている。大1000円、中750円、小350円。

合同会社RIBの「しっとりカツオフレーク旨辛」は島内でも人気で、島唐辛子の少しピリ辛がくせになるカツオフレークで、ごはんのお供のほか、麺類、きゅうりなどの生野菜と絡めて食べられている。120グラム630円。

1946年創業の渡久山酒造から、創業者の孫で代表取締役の渡久山研悟(とくやま・けんご)さんが杜氏として初めて仕込んだ泡盛の古酒「渡久山研悟」や、宮古島の青い海、ゆったりと流れる時間をイメージして命名された「ゆら」などの泡盛を試飲販売する。「渡久山研吾」(720ミリリットルで3000円)、琉球泡盛「ゆら」(720ミリリットル1620円)。

石垣島産くるまえびは石垣島以外では出荷されていない、大きさの不揃いなくるまえびで、少し傷があるなど規格外品を通常の3分の1の価格で、300グラム2000円、500グラム3000円(冷凍)。

八重山漁業協同組合の「ソデイカ燻製」は沖縄では「セーイカ」と呼ばれる巨大なイカを燻製にしたもので、イカ本来の旨味が詰まっており、626円。

びにおんの「味付けイカ」は石垣島で採れた烏賊(セーイカ)を使用し、甘辛に仕上げたしょう油の風味で864円。

18日は「伊良部島特産品売り込み隊」が来場し、生きたマングローブ蟹を展示する。

24日は石垣島のえび屋エポックから社長の本村浩司(もとむら・こうじ)さんが販売応援に来場する。

期間中、店内で伊良部島かつお旨辛漬「からソバ」(800円)、石垣島産くるまえび「串揚げ天ぷら」(200円)が食べられる。

営業時間は10時30分から20時。