日本のアニメを活かし、ホラー映画に括れない魅力をもった「NOPE」(349)

【ケイシーの映画冗報=2022年9月1日】ロサンゼルス郊外の砂漠地帯に、ハリウッド映画に調教した馬を提供しているヘイウッド牧場がありました。このヘイウッド一家は人脈と技術を持っていた父親の“不慮の事故死”により、一気に困窮してしまいます。

8月26日から一般公開された「NOPE/ノープ」((C)2021 UNIVERSAL STUDIOS)。アメリカでは7月22日から公開され、興収は9906万ドル(1ドル=130円で、約128億7780万円)を超えている。

実直だが素っ気のない息子のOJ(演じるのはダニエル・カルーヤ=Daniel Kaluuya)と、雄弁だが仕事にあまり熱心ではない妹のエメラルド(演じるのはキキ・パーマー=Keke Palmer)の努力もむなしく、大切な馬たちを近隣のテーマパークに売ることで、牧場はかろうじて維持されていました。

その周辺で、馬が暴走したり、電気が使えなくなるといった怪異な出来事が発生します。こうした怪異にからめて、OJはエメラルドに父の死の状況を語ります。
「パパが死んだ日、空中に“なにか”を見た」

やがて、牧場の馬を売ったテーマパークで、オーナーのリッキー(演じるのはスティーヴン・ユァン=Steven Yeun)たち数十人が忽然と姿を消してしまう事件があり、「“なにか”の仕業だ」と直感した兄妹は、名声と金銭を求めて、その正体を撮影する準備を進めていくことに。

本作「NOPE/ノープ」の監督・脚本のジョーダン・ピール(Jordan Peele)は、テレビのコメディ番組の出演で頭角をあらわし、2017年に「ゲット・アウト」(Get Out)で映画に進出します。はじめての長編映画の監督・脚本でしたが、アメリカに残る黒人差別をホラー風味で描いた「ゲット・アウト」は、その完成度の高さから好評で、この年のアカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞にピール監督はノミネートされ、脚本賞を受けています。

2作目の「アス」(Us、2019年)では、アメリカの格差社会をホラー映画の表現で作りこみ、ヒットしました。残念なことに、2作とも劇場では未見なのです。日本での公開のおりに時間が作れず、話題作として興味はあったのですが、見落としてしまいました。

待ちに待ってのピール監督作品の劇場での鑑賞で、まず感じたのが、脚本の完成度です。冒頭のシークエンスが、西部劇のテーマパークを経営するリッキーの過去(ドラマ撮影での事故)であったり、撮影現場で馬が暴れてしまったことで、OJが仕事をしくじってしまうことなどが、全体のストーリーに巧みに取り込まれ、単なるホラー映画とくくることのできない魅力を生み出していました。ピール監督は自身のアイディアの源泉について、こう語ります。
「僕はいつも自分が観たいのに存在しない映画を作りたいと思っている」

一般的なホラー作品となっていないのは、ピール監督のこうした感覚があるためでしょう。そして、本作のコンセプトについては、
「偉大なるアメリカンUFOムービーを作ってみたいと思った。“空飛ぶ円盤ホラー映画”だね」(いずれもパンフレットより)と述べています。

そのコンセプトを軸に、いろいろなディテールが組み合わさっているのが本作なのですが、そのなかでも印象に強いのがキャラクター造形です。

主人公の兄妹は黒人ですし、かつての子役スターでテーマパークのオーナーはアジア系と(演じるスティーヴン・ユァンは韓国出身)、いわゆる“マイノリティ(少数者)”が主要な位置に置かれ、ほかの登場人物も決して恵まれた境遇ではなく、暗い部分がこびりついたような存在として描かれています。

このあたりはピール監督の実生活が反映されているようです。黒人と白人のハーフというピール監督ですが、両親の離婚により、白人の母親に育てられたので白人社会で暮らしたそうです。経済的には恵まれたそうですが、1979年生まれのピール監督の幼少期は、アメリカ全体に不況の影響が一気にあらわれた時期でもあります。

こうした幼少期の経験が、「白人の中に黒人がひとり」という設定の「ゲット・アウト」や、完全に分断された格差社会の描いた「アス」の原典なのでしょう。そして、“空中にいるなにか”について。

「日本のアニメが好き」と公言するピール監督によると、本作のUFOには「新世紀エヴァンゲリオン」の敵役である“使徒”のイメージが反映されてるということです。また、クライマックスのあるアクション・シーンが、日本のアニメから生まれたことも発言されています。これは鑑賞中に気付くことができました。

そして、あくまで想像ですが、“なにか”の映像表現にはもうひとつ、ややマイナーな日本の特撮映画の“宇宙大怪獣”が反映されているように感じました。ピール監督の“ネタばらし”を勝手に期待しております。次回は「ブレット・トレイン」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。